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2019年7月24日

10937:古稀を迎えて出版二本:若倉雅登氏のコラム紹介です

古稀を迎えて出版二本:若倉雅登氏のコラム

清澤のコメント:お馴染み若倉先生のコラムです。新しい女性医師の小説が出版されるのだそうです。「女性活躍社会」に関連した女性医師の伝記が彼のライフワークになりつつあるようです。新しい本も楽しみなことです。
眼科ケアは眼科従業員向けの雑誌ですが、眼科従業員向けの技術解説のさわりをこまめに書いている雑誌です。私も医院で購読して技術系の職員に回し読みをお勧めしています。多くの眼科医院が経費負担で購読されるようになるとよいと思います。
眼科パラメディカルに関連した話題としては、先週末に視能訓練士協会が行う技能講習会で今年も神経眼科部分の講師をさせていただきました。職員からも聴講した方々からの聴講報告書が提出されました。来年は、オリンピックにかかるので休止で、私の講義もなしだそうです。丸尾敏夫先生のご逝去もこの会の折に漏れ伺いました。
――――若倉先生のコラム――――
私の提言、苦言、放言 井上眼科病院名誉院長 若倉 雅登

第158回古稀を迎えて出版二本
今時、古稀は珍しくもないでしょうが、私も七月にその古稀に到達する。古稀は杜甫の詩から取った一節だとは知っているが、改めて調べてみると「曲江詩」の中にあるそうだ。曲江池は唐の長安にあった池で、杜甫はそのほとりで、酩酊(酪酎)して言う。「暫時相賞莫相違」
(しばらく互いに賞し合い、対立しないようにしようというような意味だろう)それは平和でよいけれど、社甫だって酩酊しているからそんなことを言えるのであって、じつは普通に生活していれば、意見の合わないこと、不条理なこと、気に染まないことはよくある
ことではないか。文句を言わずに大人しくしていればよいのに、そういうことがあるので『私の提言、苦言、放言』のようなコラムを150回以上も書き続けていられるともいえる。まあ、こうして放言させていただけることは誠にありがたく、改めてメディカ出版にお礼を申し上げたい。
無理に合わせたのではないが、古稀に時を合わせたかのように2本の一般向け書籍が出ることになった。一つは『心療眼科医が教えるその目の不調は脳が原因』(図)と題された集英社新書である。これは私の専門とする、神経眼科、心療眼科の知識がないとなかなか
理解できないであろう多くの症例について、一般人にもわかるように記したものである。一般眼科の外来にも、日の不調が眼球に因るものだとたいていの患者は思い込んでいるから、こういう症例が混じってくることは間違いない。本連載でも取り上げた話題も含まれており、本誌の読者である眼科のコメディカルスタッフの方々にとつて知っておいてほしい話が満載されている。索引もあるから拾い読みもでき、新書だから懐の痛みも小さめと思う。もう一つは、小生の趣味の領域といってよいが、明治時代という男尊女卑の風の激しい中で女性医師として生きた人物を追って、これまで『高津川』.『茅花流しの診療所』という二つの伝記的医療小説を出版した。今度はその第3弾である。『高津川」は島根県、「茅花流しの診療所」は愛媛県に生まれた女性の話だった。今度は奈良県池津川村(現野迫川村)出身で、高野山(和歌山県)に開業した女性医師の物語一蓮花谷話諄」(青志社)である。蓮花谷というのはその女性医師が初めて開業した地域の名称で、話諄とは「物語」の意味の古語である。明治時代の話なので話諄とした。
さて、明治時代の高野山といえば、男尊女卑どころではない。山の規則として女人禁制がまだしっかり生きていた。そこに、なんと女性医師が出現した。どのような顛末でそうなり、どんな結末が待っているのか、楽しみに読んでいただければ幸いである。
日本の男尊女卑は明治だけのものではない、脈々と続き、今に至っている。今ごろ「男女雇用機会均等法」とか「女性活躍社会」などが話題になるが、欧米先進国から見たら「えっ、遅」てな反応だろう。医学部ヘの入学試験で、男女差を作る点数操作があったというのも、その現れだ。それが表沙汰になって、いくつもの大学の責任者が辞めることになり、国からの補助金がカットされたりした。もちろん、万人平等に評価されることが大前提の入学試験で、そのような操作が内密に行われた事実に対しての責任は大きい。けれども、
そこだけを問題にして処理すれば、トカゲの尻尾切りである。女性が医師の資格を得ても、そこに十分に活躍できる環境が用意されていないから、女性医師は男性医師と比べて、力にならない、信頼できないとなる。女性は出産体暇や育児休暇の取得があり得る、男より
体力がないなどなど、これは明治時代と少しも変わらない古過ぎる発想だ。
今もって日本がそんな社会の状況にあるのはなぜか。
そのルーツはきっと明治時代以前にあるだろう。女性がそろりと社会に顔を出し始めた明治時代に、ルーツを探ってみようと考えたのも、明治時代を調べ、この物語を書き、そして、世に問いたいと思った理由である。働く女性の応援歌にもなっていると思う。こちら
もぜひ読んでいただければ嬉しい。

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