お問い合わせ

03-5677-3930WEB

ブログ

2017年6月11日

8933:あるべきようわ 「阿留辺畿夜宇和」

20170610175129時は今、なすべきことわ、あるべきようわ。

例の緑道公園にしつらえられた五輪塔に添えられた文です。

時は今:と来れば明智光秀の残した

『時は今 天が下知る 五月哉』を思い出します。この言葉、そのままでの出典は見つかりません。
「あるべきようわ」の語は、明恵のものです。明恵は承安三年(1173年)、紀州有田に生まれた。八歳のとき両親と死別し、その後、京都の神護寺に入門して修学に励んだ。のちに後鳥羽上皇から賜わった京都西北の栂尾(とがのお)の地に高山寺を創建し、また東大寺の学頭にもなった名僧。

『河合隼雄は、その著作「明恵夢を生きる」で『「あるべきようわ」は、日本人好みの「あるがままに」というのでもなく、また「あるべきように」でもない。時により事により、その時その場において「あるべきようは何か」と問いかけ、その答えを生きようとする』ものであると述べている。何でも受け入れる母性的な「あるがままに」でもなく、肩肘張って物事を峻別しようとする父性的な「あるべきように」でもない。白と黒、善と悪、都市と田舎、大企業と中小企業・・・・。どちらかに偏してはいけない。違いを認めながら共和する心が大事だという、古代から連綿と続いている歴史的な知恵と相通ずる思想である。』という事でした。(http://www.kuniomi.gr.jp/geki/ku/1honmyou.html)


Categorised in: 未分類