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2017年1月14日

8488:『総員玉砕せよ!』、読書印象記

『総員玉砕せよ!』
無題

清澤のコメント:
 韓国との間で再び問題に去なっている従軍慰安婦問題。私よりも若い安倍総理としたら、きっと「そんなおじいさんの時代のことなど自分等の問題ではない」と、本心では思っていることでしょう。私もそうであるように、韓国でも多くの国民はもう戦後世代なはずです。

 その絡みで調べてゆくうち、この作品に慰安所が出てくるという事で、この作品にたどり着きました。原作者の水木しげるさん(ゲゲゲの鬼太郎の作者でしられる)が所属したのが、南太平洋ニューブリテン島・バイエンに配置された部隊。その地域にあった”P屋(慰安所)”での水木しげるさんの体験も描かれています。P屋というのは”prostitute(娼婦、売春婦)”の頭文字で、P屋は”慰安所”のことを示す軍隊内の隠語だそうです。

 作品の末尾に作者は、『ぼくは戦記物をかくとわけのわかない怒りがこみあげてきて仕方がない。多分戦死者の霊がそうさせるのではないかと思う。』と結んでいます。

 理論的な整合性を整える為だけに殺される兵の無念さをこれでもか?これでもか?と繰り返し詳しく記載しています。
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概要(以下ウィキペディアから引用)

昭和20年(1945年)、南太平洋のニューブリテン島のバイエンを占領していた田所少佐率いるバイエン支隊の500名の兵は敵の包囲網の前に玉砕を覚悟する。ラバウル10万の将兵の捨て石として玉砕するまでを描いた、実話に基づく戦記物。

1995年に発売された講談社文庫版で読むことができる。

水木によれば、自身が描いた中で一番好きな作品でもあるとのこと。

あらすじ

昭和18年末、ニューブリテン島のココボで丸山二等兵は、今度行くところは「天国のような場所」と戦友の赤崎から聞く。彼らは出発前にピー屋に行くが、何十人も兵士が行列を作っているので目的を達せず「女郎の唄」を歌って帰って来た。そして彼らは若き田所少佐のもと、500名でバイエンに無血上陸する。

丸山は古兵や上官にいびられ、また時には親切にされ、何とかバイエンでの時間を過ごして行く。だがそこは「天国のような場所」ではなく「天国に行く場所」であった。敵の攻撃で戦死する者のほかに、陣地構築中の事故で死ぬ者、伝染病で死ぬ者、ワニに食われて死ぬ者、手榴弾でとった魚を飲み込み窒息死する者・・・。

やがて近辺のワランゴエ河口に連合軍が上陸、橋頭堡を築き攻撃を開始してきた。徐々に包囲してくる敵に対して、田所は中隊長の「高地にこもり持久戦をすべきだ」という意見を退け、玉砕覚悟の切り込み作戦を敢行する。その結果、田所は戦死、生き残った者は聖ジョージ岬に撤退するが、負傷した中隊長はその途中で自決する。

そのころラバウル司令部ではバイエン支隊から玉砕の電信を受け、既に彼らは全員死んだものとされていた。ところが聖ジョージ岬警備隊から、バイエン支隊の生存者数十名が現在ここにいるとの知らせを受ける。この「敵前逃亡」は「ラバウル全軍の面汚し」とされ、事件処理のために木戸参謀が聖ジョージ岬に派遣されることになる。木戸の出発の前夜、バイエンの生き残りの軍医がラバウルを訪れて部下の命乞いをするが、談判決裂となり軍医は抗議の自決をした。

軍医の遺骨とともに聖ジョージ岬に来た木戸はバイエン支隊将兵の尋問を行い、その結果、山岸と北崎の2人の小隊長は責任を取って自決、残りの81名は再突入を行うことになった。

昭和20年6月、聖ジョージ岬に敵の有力部隊が上陸、バイエンの生き残り達は再び切り込みを敢行する。その突撃直前に木戸は「玉砕を見届け報告する冷たい義務がある」と退こうとするが流れ弾に当たり戦死。そして丸山達は「私はなんでこのような つらいつとめをせにゃならぬ」と「女郎の唄」を歌って切り込み、全員玉砕した。

隣の陣地を守っていた連隊長は、後にこの玉砕を聞いて「なぜそこまでして、あそこを守らねばならなかったのか」と述べたという。
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