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2016年10月19日

4244:フジテレビはなぜ凋落したのか (新潮新書):紹介

フジテレビはなぜ凋落したのか (新潮新書) 新書 – 2016/3/16

吉野嘉高 (著) 新書 ¥ 799

清澤のコメント:面白そうな題名に惹かれて購入し、1週間ほどでほぼ読み終わります。かつてフジテレビで活躍した人が今は教職に就き、この本を著しています。2度目に読んで拾えたキーワードを目次に挟んでみました。そうすると、フジテレビは鹿内春雄氏が社長の頃に一時期黄金期があり、その後ホリエモン騒動もあって日本テレビに抜かれ、再び首位に返り咲くも、今はまた再び低迷期に居るようです。その時々の番組名を見ると、その頃の自分に対比でき、興味がわきます。

紹介文からの内容紹介:盛者必衰。
かつての〝王者〟に一体何が起きたのか――
元プロデューサーが、その原因を徹底分析!

視聴率の暴落、開局以来初の営業赤字、世論の反発・・・・かつての〝テレビの王者〟に一体何が起きたのか――。1980年代に「12年連続視聴率三冠王」という黄金期をもたらした組織改革や番組作りにおける斬新さは、王者ゆえの慢心やお台場への社屋移転などによって効力を失ってしまった。

さらに「視聴率至上主義」を標榜するライバル・日本テレビの猛追、2010年の「韓流びいき」批判デモなども加わり、フジテレビは王座から滑り落ちた。それはなぜなのか――。

情報番組のプロデューサーや社会部記者などを務めた、黄金期を肌で知る元社員が、自らの経験や関係者への取材をもとに、巨大メディア企業の栄枯盛衰を描く。「歴史・組織・社風」から、凋落の原因を徹底分析!

(目次:以下に清澤の拾ったキーワードを抄録として挿入します。)

第一章 「社風」と命運を分けた「社内改革」:1970年代にフジテレビは制作部門を社外に分けた。これは大失敗。社風を改革した1980年改革は楽しくなれればテレビじゃないが合言葉で成功。ひょうきん族の「本音の世界」もこの時代だった。

第二章 「フジテレビ村」の誕生と黄金期:ニッポン放送やサンケイ新聞との連携で新たによみがえった。84年のグループを率いる鹿内春雄氏による人事改革は「大部屋主義」。「FNNスーパータイム」のキャスターは逸見政孝氏でパートナーは幸田シャーミン氏。「軽チャー路線」を進めた鹿内春雄氏と日枝久氏。そして「ルサンチマン」という言葉も。「女子大生・女子高生」そして生放送「夕焼けニャンニャン」もこの頃。

第三章 衰退の兆しとライバルの猛追:1986年「軽チャー路線」に陰り。1988年鹿内春雄氏の急逝(42歳)。それでも91年トレンディードラマ「東京ラブストーリー」、「101回目のプロポーズ」などは大ヒットした。1992年の「フジサンケイ政変」で鹿内宏明氏は追放される。この解任騒動、バブル崩壊そして出演者の死亡事故もあり、日本テレビに「勢い」で押される。1994年には3冠の一角を失う。日本テレビは年末の野球拳で勝負を決した。

第四章 お台場の甘い罠と王座奪還:お台場の新社屋は1997年。新社屋を建てるとテレビ局はダメになるというジンクス。社員は一流意識を持ち、思いあがったという。大部屋もなくなった。情報制作局(オフィスタワー)と情報センター(メディアタワー)の乖離。不景気の中で2000年には新たな考課制度も始まる。仲間が競争する敵に変わったという。ドラマなら「踊る大捜査線」。2000年世田谷一家殺人事件、2001年「アメリカ同時多発テロ」、「小泉内閣発足」。「スーパーニュース」の躍進。この頃、日本テレビは巨人戦不人気他で凋落し、フジテレビは2004年王者に返り咲く。しかし、この後ホリエモン騒動が起き、経営陣への不安がわく。

第五章 時代を逆走して転落:2004年以降、管理が厳しくなって社内は暗くなる。根プライアインスも強く問われる。番組制作が自らのブランドにとらわれる。2008年リーマンショックは広告収入を減らした。そして韓流ごり押し騒動へと至る。ステルスマーケッティングとの批判。その先は東日本大震災。そして凋落の一途。「笑っていいとも」も終了。2015年初にはなんと最下位の5位である。

第六章 フジテレビは〝復活〟できるのか?:日枝会長の長期政権が悪いのか?企業の寿命は30年ということなのか?
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