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2016年10月15日

8228:スマホ音声入力で:「本郷もかねやすまでは江戸の内」

kaneyasu1本日の話題

 本日は江東区医師会砂町地区の集会が亀戸でありました。若い先生方が増えています。
 隣に座ったT先生は先日の連休に秋の空の美しい上高地をお一人で訪ねたそうです。スマホで河童橋の写真を見せてくださいました。スマホを上手にお使いでした。砂村が江戸の東の境界だったという話になると、「かねやすまでは」という音声入力のフレーズからその川柳を見つけて、説明をして見せてくださいました。

 「本郷もかねやすまでは江戸の内」は有名な江戸時代の川柳ですが、江戸時代は火事が多く、江戸城からここまで町家でも瓦葺きの防火建築が許されていました。つまり本郷三丁目の角の「かねやす」の土蔵までが江戸だったわけです。とは普通の解釈ですが、町奉行支配地は駒込の先から巣鴨まであり、実際の江戸の境界とは違います。では何故かと考えると、塗屋土蔵造り瓦葺きの建物が江戸の町の特色になっていた訳で、それが丁度本郷の「かねやす」で途切れていたためといわれています。
<かねやす>
兼康祐悦という口中医師(歯医者)が乳香散という歯磨粉を売り出し大変評判になり、それで有名になったそうです。芝神明前の兼康との間に元祖争いが起きた時、町奉行は本郷は仮名で芝は漢字で、と粋な判決を行って、それ以来本郷は仮名で「かねやす」と書くようになったそうです。;という説明がネットには出ています。

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