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2016年5月15日

7750:玉井信先生を囲む、第9回仙玉会が仙台で行われました。

第9回 仙玉会が仙台で行われました。この会は、東北大学眼科教室を主宰された玉井信先生を囲む会です。土曜日午前の診療終了後、仙台まで出かけて旧友の顔を見て幸せな4時間を過ごし、そのまま帰京しました。発起人である土屋、阿部、武田、安井の各先生方に感謝申し上げます。
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◎ 先ずは玉井信先生のご挨拶。
健康第一。今は盛んにゴルフをなさっているそうです。さて、TEDというイギリスのテレビ番組に、ハーバード大学の発達研究所長による幸せとは?という研究の話が出ている。裕福な地域と貧しい住民の多い地域の人々を2年ごとにインタビューし続け、何が幸せかを75年問いフォローした。その結論は「豊かな人間関係」で有ったという。今後も、同じ医局の飯を食べたという人間関係を大切にしよう。
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○ 私が参加者では最古参(昭和53年卒入局)という事で、乾杯の音頭を取らせていただきました。以後、若い方から一人ずつ近況報告などを話しました
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1)平成13年卒、開業9年。カーレースに凝っていて国際レースライセンスも持って居るという。(注:趣味もそこまで行くと立派。)

2)平成12年卒。被災地に眼科医療を提供するビジョンバンが宮城県眼科医会に任されているが、その運営に携わっていて、その活動記録を纏めようとしている。(注:宮城県らしい特色ある活躍。)

3)平成11年卒。福島県の浜通りで父親と開業している。外向きには復旧工事が進んでいるように見えるが、実際には余り進んでいない。(注:このような声はほかでも聴かれた。)

4)平成9年卒。最近、貰い交通事故で手にけがをしたという。こちら方と相手方の保険会社、それに警察にも事情を聴かれて大変面倒だった。(注:確かに、自分に責任のない事故でも遭遇しないように注意したい。)

5)平成6年卒。最近、コンタクトレンズ販売会社社員だった人を雇用した。前職ではかなりを任されていた話で驚いたという。(清澤注:そんな特技のある人であれば、しっかり掌握さえすれば相当な技術と説明を期待できると思う。)

6)平成5年卒。某医大付属高校では20人中18人が大学に進学できた。(注:その道は知らなかったが、その様な世界もあったのかと思った。)

7)平成5年から医局に参加したPhDで現在大学の教授を務める先生は遺伝子を使う眼疾患治療法のパテントを某製薬会社に譲渡し、臨床研究への扉が開けたという。(注;玉井先生時代からの研究の流れが脈々と続いているという事を感じた。)

8)平成4年卒の女医さん。娘さんが海外留学した。県眼科医会の役員にも就任したとの事。(注:慶祝かつご苦労様。)

9)平成3年卒、開業して16年。県の社会保険委員を務めている。手術にはいささか疲れたという。

10)平成2年卒。ご子息のいる某医大では同級生150人中60人が2年から3年の段階で留年したという。家族のきずなを深めたいと思い家族での自転車レースに参加し楽しかったという。流行性角結膜炎に掛かったり、突発性難聴になったりと体の不調もあると。(注:今の医大は入りさえすればという訳にはゆかぬらしい。)

11)平成1年卒。気仙沼では工場や住宅の復興は遅い。かつて9万人いた町は地震の直前で7万4千、現在6万8千に減り、30年後には更に43%も減る予測。明るい話題は気仙沼市立病院の建て替えと、島の住民の悲願であった大島への橋の建設が決まったことだという。(注;頑張れ気仙沼)

此処からは昭和時代の卒業、入局者です。

12)昭和63年卒、開業して18年。人生の3分の一が開業後に当たる。仙台市宮城野区では最近、眼科診療施設が4件減った。健康の為、自転車でのサイクリングをしている。(注:眼科医が増えずに減る地域が有ることに驚き。閉院した先生の名も気にかかる。)

13)昭和62年卒、開業して17年。それまでは水泳をしていたが、今は「場所代と飲み代を払えば相手をしてくれる複数の相手」を探してはテニスに打ち込んでいると。(注:健康的で良い。大慶至極。)

14)61年卒の女医さん。今は3歳と1歳の孫に囲まれている。台湾では父親の時代には宗主国や政権が変わった後で、政治に関わった人が行方知れずになる様なことが有り、政治には関わるなと言われて育った。遠回りで有っても医師への道ならと親も許してくれて現在が有る。最近は歴史にも興味を持ち、そんなルーツを訪ねてみたいと思っている。(注:西教授の坂本龍馬の資金源の話も紹介されました。)

15)昭和61年卒。数年前に医師会の役員を辞し、それまでほとんどなかった自宅での夕飯が増えたという。日々が楽しいという。(注:この会の発起人で首謀者。やんちゃで知られたこの君は、無邪気なままに、随分な尊敬すべき大人になっていた。感謝、感謝。)

16)昭和60年卒。開業20年。新幹線の函館伸延に伴い、近くの駅を通過する新幹線列車が増えたので、線路に近い診療所では振動が気になる。最近は健康で、ハーフマラソンにも出られた。(大慶至極)

17)60年卒。開業20年目で、フルムーンパスを使って金沢へ旅行が出来た。眩暈や脱水も経験したと。自転車で転倒してけがもした。ロシア旅行では本場のビーフストロガノフを食べることも出来たという。(注:大怪我で自転車を押して3キロの道を真夜中に帰ったという話が痛々しかった。)

18)59年卒、女医さん。母親の診療所を閉じ、自分の診療所を開設する経験をした。眼科医会で男女参画委員会の長を先輩に譲られて務めている。日本眼科医会からも男女参画委員を拝命し、活躍されているとのこと。(注:ご家族の皆さんお元気そうで何より。)

19)59年卒。医師会関係の公務役職が多く、実際の診療業務はほぼご子息に譲られたとのこと。お話の中で市内の良い飲み屋さんも紹介してくれた。

20)56年卒。開業19年で今も手術に力が入っている。手術室に入ると外来の疲れを忘れるという。最近仙台で日本病理学会が有って参加したが、癌の免疫療法が注目されていて、T細胞に働く抗PD-1という薬(http://www.abcam.co.jp/cancer/cancer-immunotherapy-and-the-pd1pdl1-pathway-1)が大いに注目されていたそうである。(注:今も勉強しているご様子にエール。)

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