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2016年3月6日

7547;ダウントンアベイにモアフィールド眼科病院が登場

ダウントン・アベイの続きを見ました。第一シリーズの6話と7話です。使用人の調理師が白内障になり、不都合なことが続くので、侯爵は彼女をロンドンの病院へ受診させることにします。そこで患者が訪ねて行ったのがモアフィールド眼科病院です。

調べてみますと:Moorfields眼科病院はMoorfields眼科病院NHS財団トラストが運営するロンドン、イングランドのNHS眼科専門病院です。一緒に病院に隣接している眼科のUCL研究所があります。それはヨーロッパでは、眼科治療、教育と研究のための最古で最大のセンターです。

歴史
Moorfields眼科病院はジョン・リチャード・ファーによって設立され、ジョン・カニンガムサンダースによって補助されました。目と耳の病気を診療するために、1805年にMoorfieldsにロンドン診療所として設立されました。1899年に現在の場所に移転し、1948年に国有化されました。1999年に百周年と、2005年に200周年を祝う会が持たれました。

2007年2月に、また、国際子どもアイセンターとして知られる新しいリチャードデズモンド子供アイセンター(RDCEC)が、クイーンエリザベスII世によって開かれました。その場所は、病院のメインシティロードの建物に隣接しています。

教育と研究

Moorfields眼科病院は眼科医、視能訓練士、検眼士、看護師の卒後研修のための主要なセンターです。また、眼科研究に極めて重要な役割を果たしてきました。サー・スチュワートデューク・エルダーは、眼科研究所(ロンドン大学の今不可欠な部分)、およびサーハロルド・リドリー、チャールズSchepens、ノーマンアシュトンはMoorfieldsと研究所で研究を行いました。

清澤の注記:
番組の中で、手術の一週間後に白内障手術を受けた患者は黒い色眼鏡を掛けて退院してきました。角膜弁状切開で行う、初期の嚢外摘出法の時代かと思います。当時は眼内レンズがなかったので+10デオプトリー程度の強い凸レンズの眼鏡であったはずだと思います。サングラスを使った理由は無いように思われますが?
 デューク・エルダーはその巨大な眼科の全書システムオブオフタルモロジーの著者として知られています。
リドレーは人工水晶体の発明者。眼内レンズは第二次大戦の後のお話のはずです。
スケペンスは戦後アメリカに渡り、ボストンで網膜剥離の大きなセンターを設立し、世界の網膜剥離の名医は全てが彼の弟子であったことを今でも誇ろうとします。
ノーマンアシュトンは、眼病理の専門家で、糖尿病性網膜症の病理などに名が残って居ます。研究組織を確立したようなこともその追悼論文には書いてありました。

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