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2016年2月17日

7482:茅花流しの診療所 若倉 雅登 (著):拝読しました。

7482:茅花流しの診療所 若倉 雅登 (著):拝読しました。

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茅花流しの診療所 単行本(ソフトカバー)若倉 雅登 (著)

眼科医清澤の読後記:
 先輩の若倉雅登先生がまたまた小説を書かれました。アマゾンへの掲載が2016/2/16ですから刷りたてほやほやのまだ熱い本です。この本からは、若倉先生の女医さんに向けるあたたかな心情も伝わってきます。

 この当時は、病院で研鑽を積むことを研修とは言わず、研究と呼んでいたそうです。そういえば、30年前に私が若倉先生のネーベン(組下の医師)として病棟医を務めたころにも、まだ勉強とは「研究」だという雰囲気が残って居た気がします。最近では、完成された完璧な研修システムの中で、与えられたシラバスをすべて体系的に其の儘に覚えるのを「研修」と呼びたがるようで、米国流と言えばそれはそれでよいのですが、なんとなく味気なく、また息苦しい感じもしています。

 現代でも、女医さんが学業としての医学と家庭とを両立させようとすると様々な困難に直面することが多いと思います。現代におけるその女性医師の困難苦難を意識して、著者が作品を書いているのが、この作品からも、ひしひしと伝わってきます。「大丈夫、心配するな、何とかなる」というのがその言葉でしょう。

 故人の記録は、日記でも残されていなければ、顕彰碑を見ても、そう詳しくわかるはずはありません。著者は裏表紙にフィクションですと言いますが、主人公の病気のこと、家庭のことなど、果たして、どこまでが調べて見つかった歴史や事実で、どこからが著者の創作なのだろうか?とふと考えてしまいました。

i_239_o8_02(伝統博多人形にこんなものがあります)

 最後に、平成になってから建てられた、大阪の新しい診療所における場面。『愛おしい宝物で有るかのように鶴を大事に両手に抱えた意匠の童人形が、何か言いたげに二人に微笑みかけていた。」と言います。この人形は、茅花流しの診療所で、マサノが引き裂かれた息子を想いながら一人で見つめていたその人形だったのだろうか?と、考え込んでしまいました。

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アマゾンの記述より:
女医が走る!
医療小説書き下ろし第2弾
女医の差別があった明治の時代――。
わずか19歳で医師となった尾崎マサノの熱き波乱の生涯!

愛媛県内子町から13歳で単身上京し、東京女医学校(現・東京女子医大)を卒業。母校で医師として活躍しながら女性の地位向上や、また後に村医として地域医療に貢献した才女の至高の魂と、はかなき命の物語―。

脚注:
無題茅花流し 初夏:茅花の花穂を吹き渡る南風のこと。茅花とはイネ科の多年草で、その花穂は初夏に見られる。「流し」は雨の気配を含んだ南風。だそうで、もっと深い薀蓄は、壺中山紫庵 茅花流し…茅花の語源は http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2005/06/post_0dbe.htmlで見られます。

「茅花(つばな)」とは、チガヤのこと。稲科の多年草」とした上で、「茅花の穂がほぐれるころ吹く南風のことだが、それにともなって降る雨のこともいう。のだそうな。

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