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2015年12月13日

7267:梶原健嗣著『戦後河川行政とダム開発』ミネルヴァ書房:読書印象記

梶原健嗣著『戦後河川行政とダム開発』ミネルヴァ書房:読書印象記

無題
私の従妹で著作には「清澤」をお使いの洋子さんを介してこの本をご恵贈いただきました。彼女は以前から八ッ場ダム建設反対運動に深く関与しています(https://www.kiyosawa.or.jp/archives/52785506.html)。民主党政権の頃、このダムの建設は中止に向かって舵が切られましたが、政権が自民党に戻るに従い再び建設される方向に向かっています。

 この本はその建設反対運動のお仲間である著者が著したもので、私も洋子さんのつながりでその著者との面識があります。(その関連で390ページに私の名前も望外にも登場しておりましたこと、初めて知りました。)

梶原さんのご著書の出版はご本人から伺っておりましたが、専門書ですからいささか高価です。ご恵贈いただいた御礼に、読後感想文を。

その前にネットでどのように紹介されていたかをまず調べてみました。

◎(アマゾンのページでは)不合理な多目的ダム計画は、なぜ続くのか。その論理と構造の全容に迫る。
河川行政史を縦糸に、利根川開発を横糸に、社会科学・自然科学を越境するアプローチで、ダム計画の問題点を鮮やかに描き出す。不合理な多目的ダム計画は、なぜ続くのか。その論理と構造の全容に迫る。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

梶原健嗣
1976年生まれ。2000年東京大学文学部歴史文化学科日本史学専修課程卒業。2003年東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻(国際協力学)修士課程修了。2007年同博士課程修了(Ph.D)

【書評】梶原健嗣著『戦後河川行政とダム開発』ミネルヴァ書房

 『行政は科学的根拠のない基本高水モデルに執着し、その数値を「憲法」と称して「治水=河川改修+ダム」という視野狭窄に陥っている。その理由は、単に国民の税金にたかってダムの生み出す利権を配分しようとする利権構造のみでは説明しきれないものがある。その真の理由は、民意を河川行政から遮断しようとするパターナリズムにあるというのが著者の結論である。』(代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives 2014年07月26日より引用 http://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/5e8fecb02d9f97b3246f37d00f5c81a9)
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ではここから、私の読書印象記を。これは、まず序章から要旨を拾い、次に各ページをめくって通読しながら足すべき部分を加えて、自分の読書記録としただけのものです。
 ところで、亡くなった私の父も工学部土木の出身で、若いころに建設省の地方の土木事務所に勤務して、自分が設計した砂防ダムが北アルプスの山中、「岩魚止め」というところににあるということを誇りにしておりました。
 この本の内容は共感するところの多い内容でした。
 なお、1から8の各章の内容は、終章でもやや詳しく再度まとめられていました。

序章 ダム問題の現在:利水と治水に照らした合理性は?適切な減災が必要。河川総合開発が多目的ダムの原型。電源開発、洪水防御、都市用水と目的が変わってきた。反対運動もダムの公共性に押しつぶされ、補償金闘争に矮小化された。水没地域住民ではなく、計画の受益者からも反対の声が上がっている。近年の都市における水余りも政策的整合性を脅かす。洪水を防止するという目的ならば、利根川水系最後の八ッ場ダムの貯水量だけでは全く足りないという矛盾もある。
河川行政の論理の中に、不合理なダム計画を構造的に生み出してしまう要因がある。それを解明する。

第1章 河川行政の歩みと多目的ダム
多目的ダムにまつわる制度上の概説および河川行政の歴史的展開。多目的ダムを河川管理上の中心的な政策手段に置くという構想がいつからいかなる背景で生まれたのか?
1947年ころまで河水統制事業、1948年から河川総合開発。意識されたのは米国のテネシー川流域開発公社計画(TVA)。

第2章 水資源開発の政策的整合性:
利水面における検討。これまでの水資源開発の論理は、もっぱら需要増大を追いかける形で展開されたが、近年では「安定供給量の確保」という論理が水資源開発の中心的論理。その格好の対象が徳山ダム・木曽川流域である。(注:ロックフィルダム。堤高161m・総貯水容量6億6,000万m3は日本最大規模であり多目的ダムとしては日本最大、全ての日本のダムにおいても黒部ダムに次ぐもの。)
都市用水は1991年310億トン、2010年は270億トンと減少。水利権は流水占用権の俗称。

第3章 利根川水系の水源開発と東京都
水資源開発の展開を3,4章で考察。中心となるのは、利根川開発の最重要ターゲットに位置付けられた東京都。
1930年当時は多摩水系が主で40万トン程度であって、急速に増加していた。戦災復旧事業は1949年に終了し、漏水率が30%に回復した。その後1956年の一日200万トンから1970年一日500万トンまで直線的に増加した。1976年以来2000年まで、東京都の保有水源と水需要は一日600万トン程度でもう増えてはいない。

第4章 安定供給量の確保と八ッ場ダム:
最近の渇水は1994、1996(2度)、1997、2001年にあった。取水制限が18から76日。
東京都の一日最大配水量の回帰式は2013年以降で500トン程度への回帰を示しそれ以上の必要はもうない。実際の必要量を上回るダムからの補給が行われている。

第5章 利根川水系の治水計画
治水問題の分析。利根川において、ダムによる洪水調節を取り込んだ治水計画が策定されるのは戦後。ところが、この利根川治水計画はそのグランドデザインがあいまいなままであり続け、これを推進させた実質的な原動力は、水資源開発とそこで計画された多目的ダムだった。そこから見えてくるのは「水需要減退期の治水計画の問題性」治水計画の達成手段に用いられてきた多目的ダムを、今後もその中心的な政策手段に据え置くことの不合理。
2006年の計画(図2-25 p209)では、利根川上流からの流量16500、江戸川への放流7000、太平洋への本流からの放流9500とされている。㎥/秒(清澤の疑問:これは南砂町を流れる荒川放水路への分を含むものか?、答:東にある江戸川は利根川の分水になっているが、その西を並行して海にそそぐ荒川は江戸川や隅田川とデルタ状の連結を持つが、利根川の放水路としての水は受けてはいない模様。)

第6章 利根川治水と八ッ場ダム

第7章 治水行政を支える「科学」
 治水の基本数値である現在の基本高水流量は実は高すぎる値であるらしい。しかしその見直しは考慮されない。(p251)基本高水流量とその科学的根拠(p256)☆このあたりの数式的説明は素人でも比較的理解可能です。

なぜそうした困難・不合理が生じてしまうのか?7から8章で、その背景となる治水行政の論理と構造について考察。重要なポイントは達成困難な計画なのに、なぜ見直しの可能性が閉ざされてしまうのか?新しい治水行政の政策目標は立ちえないのか。

第8章 治水行政の論理とその政策的総合性
この章で検討した淀川水系流域委員会の事例は治水行政のガバナンスが変われば、治水計画の新しい政策目標が策定されうることを示す

終章 多目的ダム計画の合理性の欠如
戦後のダム開発の論理・構造はどのようなものであったのか?治水・利水需要が同居・統合する論理=多目的ダムの論理はいかなるものであったのか。

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