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2015年10月23日

7108:ナチスの戦争 1918-1949 民族と人種の戦い:を読みました

9784121023292-B-1-L7108:ナチスの戦争 1918-1949 民族と人種の戦い:リチャード・ベッセル著 大山晶訳を読んでいます。

「ドイツ人は東ヨーロッパ諸国に対して第二次大戦で迷惑をかけた事に責任を感じているから、今シリア難民を受け入れている」という説明が聞かれます。それって実際に有るのだろうか?という興味でこの本を手にしてみました。

ドイツ人がユダヤ人を嫌い、東欧からロシアに住むスラブ人をも蔑視していたのはナチスに始まったことではありません。

第二次大戦前夜、ドイツ人が自分たちの不幸を嘆くようになったのは、第一次世界大戦で重い賠償責任を負わされ、周辺の諸国に対して多大な恨みを持つようになったことに始まりがあったと著者は言います。その不幸をユダヤ人の所為だというのは、当時のドイツ人にはとても耳になじむものだったのです。

ナチスは、周辺国を犠牲にしての自国の繁栄を願うドイツ国民に取り入った。そして最初のうちは東欧に資源や農業産物を現地の飢えを無視して国内に運び込んだから、実際にドイツ人自身が勝利の美酒に酔い、また、実際に良い生活を享受できた時も一時はあった。

ナチスの指導者ヒトラーは自らの第一次世界大戦における従軍経験を誇り、軍事的な苦境に陥る度に自らの権力をドイツ国防軍の中で強めていった。やがて、国防軍は従来の色合いからヒトラーを崇拝する若い人々が実権を持つナチスの軍へと変わってゆく。

スターリングラードの包囲戦に敗れ、東部戦線で劣勢に立つころから、戦いは勝算の乏しい劣勢の戦いへと変わってゆく。それに伴い、レジスタンスに投ずる東欧の民は飛躍的に増え、ドイツはその占領地の民に対して更に見せしめ処刑を含む強圧的な姿勢を強めた。戦争前後に東方に移民したドイツ人には、ソ連軍に追われつつ終戦まで着の身着のまま老人と婦女子だけで西方の故国に逃れた苦しい思い出が強い。

更に、西部戦線でもノルマンジー上陸作戦以後、ドイツ軍は劣勢となり、追い詰められて行くが、ナチス政府は国民にも軍にも降伏を許さず、妥協的な自国民を絞首刑にした死体を街頭に掲げるなどして国民に焦土戦を強いた。そこには日本の指導者が戦後を想い降伏を探求した姿勢とは異なり、国民を最終的なナチスの死の巻き添えにしようとした姿勢が強かった。

それゆえ、ドイツ人はこの戦争を自国民が起こした戦争ではなく、ナチスに乗っ取られて起こされた戦争で有って、ドイツ国民は被害者であるとの思いが今に至るまで強い。戦後のドイツ国民にはこの大戦の最後の数か月で経験した苦難のみが第二次大戦の姿として記憶されるに至っている。:という話の概要のようです。

清澤の印象:なるほどと思わせるものがありました。私は、日本も米国によって第二次大戦に追い込まれていったという思いを持つのですが、昭和17年初頭までにドイツ軍はヨーロッパ東部戦線では既に膠着状態に入っており、勝ち戦はすでに終わっています。その時期になって枢軸側に立って戦争を始めたというのは、如何にも理の無い戦で有ったと思わずにはいられませんでした。

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