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2015年10月7日

7045:ピーター・パン (2003年の映画)を見ました。

7045:ピーター・パン (2003年の映画)を見ました。

清澤のコメント:ダイアナ妃とともに息子ドィー・アルファイドを失った大富豪モハメド・アル・ファイドが制作総指揮を行った作品でした。息子の代表作のフックもピーターパンの話でした。
映画自体は子供ぬけの劇映画ですが、楽しいことを考えると体が空に浮かぶという有名話。子供から大人になることを拒んだピーター・パンと思春期の少女ウエンディーの心温まるお話です。ピーター・パンに無視されて悲しむティンカー・ベルがかわいそうでした。


ピーター・パン Peter Pan
監督 P・J・ホーガン
脚本 P・J・ホーガン、マイケル・ゴールデンバーグ
原作 ジェームス・マシュー・バリー
製作総指揮 モハメド・アル=ファイド、ゲイル・ライオン、ジョスリン・ムーアハウス
『ピーター・パン』(原題:Peter Pan)は、2003年の米・英・豪合作映画。原作の舞台劇の初公演から100周年を記念して製作された。

ストーリー[編集]

小説家になることを夢見る少女・ウェンディが純粋な子供として過ごす最後の夜、彼女の前にピーター・パンとティンカー・ベル(ティンク)が現れる。ピーターはウェンディをネバーランドの冒険の旅に誘い、彼女は弟のジョンとマイケルと共にネバーランドへと旅立つ。ネバーランドでは、ピーターが戻って来たことを知ったフック船長が大砲を撃ってくるが、ピーターに逃げられてしまう。ウェンディはピーターの隠れ家に向かうが、彼女とピーターの仲に嫉妬したティンクに嘘を吹き込まれたロストボーイたちに矢を射かけられてしまう。矢はピーターに貰ったドングリに当たり無事だったウェンディは、ロストボーイたちにお話を聞かせる母親になる。(以下略)

フック船長を倒したピーターはウェンディたちをロンドンに送り届け、ウェンディたちと一緒にロンドンに着いたロストボーイたちもダーリング家の家族として迎えられる。ティンクと共にネバーランドに帰ろうとするピーターに対し、ウェンディは「あなたのことを忘れない」と告げ、再会を約束し別れる。

清澤のコメント:字幕に、モハメド・アル・ファイドの名と「ドディ・アル・ファイドの思い出に」という句が。あのダイアナ妃と共に事故で亡くなったのがモハメド氏の息子ドディ・アル・ファイド。フックは海賊の腕のフックでピーターパンの内容だったはず。

ドディ・アルファイド:1955年4月15日 – 1997年8月31日)は、イギリスのデパート『ハロッズ』、フラムFCそしてホテル・リッツ・パリの所有者であるエジプトの億万長者モハメド・アルファイドの息子だった。エジプトのアレキサンドリアで生まれ、スイスの私立寄宿学校ル・ロゼ(Institut Le Rosey)で学んだ。映画プロデューサーとして活躍し、『炎のランナー』(1981年)、『フック』(1991年)などを製作した。

1990年代になって、イギリスのダイアナ元妃と交際しはじめたが、同時に彼女を付け狙うパパラッチに追いかけ回される日々が続いた。そして1997年8月31日、彼はダイアナ元妃と共にパリでの自動車事故で共に亡くなった。彼の死後、父親のモハメドは、ドディが死の直前にダイアナと正式に婚約しようとしていたことを暴露し、様々な憶測を呼ぶこととなった。

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