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2015年9月6日

6946:オーストリア:独へ難民の列 「希望」背負い歩く

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オーストリア:独へ難民の列 「希望」背負い歩く
毎日新聞 2015年09月05日 21時46分
ハンガリー国境に近いオーストリアのニッケルスドルフで、降りしきる雨の中、ウィーン行きの列車が待つ駅へと向かう親子連れ=2015年9月5日、坂口裕彦撮影

 【ニッケルスドルフ(オーストリア東部)坂口裕彦】「あと少しだ」。降りしきる雨が疲れ切った難民から体力を奪う。内戦が続くシリアなどを逃れ、ハンガリーの首都ブダペストで足止めされていた人々が5日、隣国オーストリアに徒歩でたどりついた。オーストリアとその先のドイツは4日深夜(日本時間5日午前)、相次ぐ難民の事故を受け、国境を開放すると発表。特別列車がドイツに到着した。せきを切ったように新天地を目指す人々に同行した。

 首都ウィーンから東へ約70キロの国境の町・ニッケルスドルフ。道路を難民が抱えきれないほどの荷物と共に、人々がウィーン行きの電車が待つ駅へと歩いていた。1キロはある長蛇の列だ。時折、自家用車が難民家族を乗せ、走り去っていく。欧州ではトルコ側海岸に漂着した3歳男児の遺体の映像に同情が広がり、市民が自家用車で難民を最寄り駅に送迎するなど支援の動きが目立ち始めた。

 「あと少しでドイツだ。仕事もあるだろう。今は幸せだよ」。びしょぬれで歩いていたシリア人のバシェール・アルタハさん(23)は白い歯をみせた。毛布でくるんだ1歳の息子を両手で抱えている。ブダペスト東駅で6日間、妻子と野宿をしてチャンスを待った。

 国際列車の発着を停止するなど、難民を越境させないための強硬姿勢を続けていたハンガリーを一変させたのは、人々の行動だ。業を煮やした人々は4日夕、ブダペスト東駅から約170キロ西にあるオーストリア国境へ歩き始めたのだ。

 ハンガリーは5日未明に人々をバスでブダペストからオーストリア国境へと運んだ。人々はその後、徒歩で国境を越えて約5キロ先のニッケルスドルフ駅へ。ほとんど徹夜だ。駅では、国際赤十字の職員が「ウィーンまで着けば、医者がいる」と必死に励ましていた。

 シリア人のマザン・アイドさん(47)は「(ハンガリー政府が用意した)バスに乗せられるまで、高速道路を10時間も歩いた。2時間は雨にも打たれた。でも最後にドイツに行くことができればいいんだ」と語った。

 約500人と一緒に記者もウィーン西駅行きの列車へ乗り込んだ。「ようやく国境を越えられた」。隣席のイラク人のエンジニア、アリ・アドナンさん(28)は、スマートフォンを手に故郷バグダッドにいる兄のフシャムさん(37)に現状を報告していた。トルコからギリシャ、マケドニア、セルビア、ハンガリーを経た旅は、故郷のバグダッドを出発してから73日目だという。電車が動き出すと車内では人々の拍手が起きたが、20分ほどすると大半が眠りに落ち、静寂が訪れた。

 5日夕までにハンガリーからオーストリアに6500人が入国。オーストリアから特別列車で独ミュンヘンに到着した難民は1000人に達した。独警察当局は難民登録センターにアラビア語の通訳を派遣し、手続きを支援している。次々と後続列車が着いており、当局は同日中に約1万人が独に入国するとみている。

 【ことば】欧州への難民

 内戦や政情不安を逃れ、中東や北アフリカから密航船で欧州を目指す難民が後を絶たない。国際移住機関(IOM)によると、今年1月から9月3日までに36万4183人が地中海を渡って欧州に到着したが、途中で2701人が死亡。経済的に豊かで難民を積極的に受け入れるドイツを目指す難民の約7割はバルカン半島を北上するルートを使うようになり、オーストリアでは8月に保冷車から多数の遺体が見つかった。欧州連合(EU)は対応策を協議している。

清澤のコメント;子供には雨の中の行軍はさぞ応えることだろう。今、世界が動いているのを観ずる記事です。

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