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2015年8月16日

6892:信州松本城下町湧水群 平成の名水百選

昨日から夏休みを戴き松本市深志の実家に戻っています。

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 駅を降りて、ほど近くで種物屋さんを営むつる新さんを訪ねました。お孫さんが来ていて、久方ぶりのにぎやかさだったのでしょうか。高校の同級性は彼の様に故郷に残った人と、私の様に都会に出て戻らなかった人がいます。

松本に帰ると、いつも高砂町のお店兼自宅にちょっと寄らせてもらって、それから自宅に戻ります。

20080929074250(これは第1コース、女鳥羽川の南は第3コースです
 松本は最近、井戸の町としても売り出しているようです。

 松本市は薄川と女鳥羽川の複合扇状地です。井戸と言うと深いところにパイプを入れて、ポンプでくみ上げるのが他所での通例ですが、此処では水が自噴します。オーストラリアの地理で「掘り抜き井戸」というのが紹介されてましたが、そんな感じでくみ上げなくても湧き出す泉になります。

images5IQC29AB 我が家にも直径10センチほどの井戸を始め5本ほどの井戸があって、水は全て裏の長澤川に垂れ流しで捨てています。その多くは大正から昭和初期の製糸工場時代の遺物です。井戸を閉じるにはお祭りをして口を封じなくてはならないという言い伝えがあります。きちんと封じないと床下浸水した状態になってしまうので、多くの自噴する廃井戸はパイプを繋いで永遠に川まで水を逃がしてやることになります。

 我が家の最も深くて太い井戸は、父が以前は卵屋さんで、鶏卵用の大型冷蔵庫を作った時にその冷凍機の冷却水を撮るために私が中学生のころに掘ったものです。井戸の深さは30メートル。冬になると水位は下がって自噴を止めますが、今の季節ですと今でも秒速3リットルほどで、地上に湧き出しています。

 「松本水巡り」というパンフレットを源智の井戸で貰ってきました。昔から汚い上屋を掛けてありましたが、今は綺麗にしつらえられていて、自家用車で水を汲みに来る人もいました。自宅辺りは東源地という地名、小学校も源地小学校。松本市の上水道の水源にされている井戸もあります。『江戸時代から現在まで利用されている松本市の水道水源のひとつ。毎分150リットル湧出。街中の地下水が今も水源として利用されていることからも、松本は清らかな水が豊富であることがうかがえる。」(源地の水源地井戸)

 音韻で通じる「げんち」はこの源智が先でしょう。
 パンフレットには『松本城主小笠原家の家臣・川辺与三衛門源智の持井戸だった。天保14年に著された「善光寺名所図会」には「当国随一の名水」で町の酒造業者はことごとくこの名水を使ったと書かれている。歴代の領主は制札を出してこの清水を保護したと伝えられる。』と記されています。小笠原氏が領主で、武田信玄に追われたときの松本(深志)城は今の位置ではなく、東城山にあったのでは?。

追記:石川氏の後に小笠原氏が領主に返り咲いた時期が数年間ありました。その後小笠原家は明石に天保されていました。

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