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2015年8月14日

6887:硫黄島 栗林中将の最後 を読みました

無題
 終戦の日を迎えるにあたり、選んだ一冊です。
 ドキュメント1は、栗林忠道中将の最期をめぐる異説に対する論証の作品。中将の最期を見届けた人はいないが、「ノイローゼになり、投降しようとして、部下により斬殺された」といふ異説がある。結論としては武人の誇りを全うしたという結論。栗林中将は長野県の出身者。米国への留学経験などもあって、米国人に対する感覚も他の将校とは違って、旧陸軍内では微妙な立場でもあったらしい。

 ドキュメント2と3は、三人の将校とバロン西の肖像を描く。三十代で社会人が召集され玉砕の島硫黄島に赴いた将校たち(河石達吾、折口春洋、森茂)の、部下を愛した生と死の記録。西竹一(バロン西)は誰もが知るオリンピック馬術の金メダリストであったが、当時の陸軍ではすでに広告塔としての輝きを失っていたという。

 ドキュメント4は、文人将軍市丸利之助小伝。最後に日本語で書き英語の訳文を付して残され、後にそれが米国の新聞に掲載されたという「ルーズベルト二与フル書」は感動すべきもの
https://ja.wikisource.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%8B%E4%B8%8E%E3%83%95%E3%83%AB%E6%9B%B8

ドキュメント5は父島人肉事件の封印を解く。追い詰められた父島で起こった捕虜虐殺並びにその人肉を食したという事件の背景と状況を記載している。次は自分達が殺戮される番だとの環境下での事件であるが、兵士の人間性を問われる事件でもある。昭和19年7月から20年2月までの間に父島で捕虜となった米兵は10名で、そのうち8名が島内で殺害されたという。そのうち5名が人肉食に遭ったという事らしい。全ての責を自分で負った吉井大佐は立派な武人として記録されている。

 ドキュメント6は、皇后陛下の戦歿者と遺族に対する敬敬虔な祈りの実相の記録である。銀ネムの木木茂りゐるこの島に五十年眠るみ魂悲しき(硫黄島における皇后御歌)

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