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2015年8月9日

6866:スパルタカス (映画)を見ました


スパルタカス (映画)
公開 アメリカ合衆国、日本 1960年

『スパルタカス』(Spartacus)は1960年のアメリカ映画。ハワード・ファストが執筆したスパルタクスの反乱(第3次奴隷戦争:脚注1)をテーマにした小説を、スタンリー・キューブリックが映画化した歴史スペクタクル映画。しかし、当時すでに大俳優で、主演のカーク・ダグラスの主張が強く、最初の監督は降板。監督のスタンリー・キューブリックもこれを自分の代表作とされる事は好まなかったそうです。歴史上実在の奴隷の反乱を共産圏では正義としてとらえたため、原作は出版にも困難に直面。物語も、この映画化でポピュラーになった様です。この反乱は、後のシーザー台頭や、奴隷の地位向上にも影響した事件だそうです。

注1:
第三次奴隷戦争とは:
年月日:紀元前73年 – 紀元前71年
場所:イタリア
結果:ローマ軍の勝利

交戦勢力はローマ軍対 逃亡奴隷(剣闘士他)
戦力 ローマ8個軍団(40,000 – 50,000人)対 反徒約120,000人
スパルタカス軍の損害 - 殆どが戦死、残りは磔刑 

第三次奴隷戦争(だいさんじどれいせんそう)は、紀元前73年から紀元前71年にかけて共和政ローマ期にイタリア半島で起きた剣闘士・奴隷による反乱である。3度の奴隷戦争の中で最後にして最大規模のものであった。反乱軍側の指導者スパルタクスの名にちなんでスパルタクスの反乱と呼ばれることが多い。

紀元前73年から71年にかけて、カプアの養成所を脱走したおよそ70人の剣闘士奴隷の集団は、最終的にはスパルタクスを指導者とする男性・女性そして子どもを含む約12万人の反乱軍に膨れ上がり、イタリア各地を放浪し、襲撃した。この奴隷集団は驚くべき戦闘力を発揮し、差し向けられた地方の討伐隊、ローマ軍の民兵そして執政官の率いる軍団をことごとく撃退した。歴史家プルタルコスは逃亡奴隷たちは主人の手から逃れてガリア・キサルピナ(現在の北イタリア地方)からアルプス山脈を越えて故郷へ帰ることを望んでいたとし、これに対してアッピアノスやフロルスは反乱奴隷の目標はローマ進軍であったとしている。

ローマの元老院は奴隷集団に対する連戦連敗と略奪行為に危機感を持ち、最終的には8個軍団をも動員し、その指揮権を厳格かつ有能なマルクス・リキニウス・クラッススに委ねた。紀元前71年、スパルタクスの奴隷軍はクラッススの軍団によってイタリア半島最南端のカラブリアに封じ込められた。元老院が増援としてポンペイウスとルクッルスの軍団を送り込んだことを知ったスパルタクスは残る全兵力を結集してクラッススに決戦を挑み、敗れて全滅した。

この反乱を包括的に記した古典史料にはプルタルコスの『対比列伝』とアッピアノスの『ローマの歴史』(Historia Romana)があり、フロルス、フロンティヌス、リウィウスそしてサッルスティウスの著作にもこの反乱に関する記述がある。

第三次奴隷戦争は近世以降にヴォルテールやカール・マルクスそしてウラジミール・レーニンといった思想家・革命家から「正しい戦争」と評価され、指導者のスパルタクスは抑圧から解放を求める労働者階級の英雄と見なされるようになった。
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追記:
共産圏でスパルタクスが高く評価されたために冷戦時代のアメリカでは逆に警戒されるようになり、赤狩りが吹き荒れていた1951年にハワード・ファストが著した小説『スパルタカス』は商業出版社から出版拒否をされ、自費出版を余儀なくされている。この小説はベストセラーになり、これを原作にした大作映画『スパルタカス』(監督:スタンリー・キューブリック、主演:カーク・ダグラス)が1960年に公開され、脚本は赤狩りでハリウッドを追放されたダルトン・トランボが務めている。この映画はアカデミー賞4部門を受賞した。、

あらすじ

物語は共和政ローマ時代のリビアで奴隷が働く鉱山で始まる。奴隷のスパルタカス(カーク・ダグラス)は剣闘士の卵を探しにきた剣闘士養成所主のバタイアタス(ピーター・ユスティノフ)に養成所へと連れて行かれる。

養成所にて、ローマの閥族派(オプティマテス)の大物であるクラッサス(ローレンス・オリヴィエ)が養成所を訪れ、剣闘士同士の真剣試合を所望した。クラッサスは接待に出たヴァリニアをみそめて、バタイアタスから購入する約束をして引き上げた。

剣闘士達は反乱を起こし養成所を制圧。やがてヴェスヴィオ山中に立てこもって、その数は急速に膨れ上がった。

ローマでは、元老院の中でクラッサスら閥族派と対立する民衆派の大物グラッカス(チャールズ・ロートン)がいた、ローマ軍は、相手が奴隷であると油断しており、スパルタカスは彼の兵団を奇襲攻撃で打ち破った。

スパルタカスの指揮の下、反乱軍は東方のキリキア海賊の船によってイタリアから脱出するため、南イタリアのブリンディジ目指して南下した。クラッサスは元老院によって筆頭執政官兼全軍総司令官に指名され、スパルタカスの討伐に向かうこととなった。

絶望的な状況の中スパルタカスはローマに進撃してこの戦争を一気に終結させることを決意する。ローマの大軍団が増援もあって反乱軍の完全な敗北に終わり、スパルタカスを含めわずか数千人が生き残っただけだった。

クラッサスは生まれたばかりのスパルタカスの息子と共にヴァリニアを見つけ、自分の手元に置いたが、その心をつかむことはできなかった。クラッサスを憎むグラッカスに依頼されたバタイアタスはヴァリニアをひそかに連れ出したが、グラッカスはクラッサスの命を受けたシーザーに逮捕され、ローマ追放を宣告された。

一方クラッサスはローマの城外でアントナイナスとスパルタカスの2人に真剣試合をさせ、勝者は磔にすると命じた。お互いを磔にしたくない2人は必死に戦い、やがてスパルタカスは勝利し、磔にされた。

政争に敗れたグラッカスは自害を決意したが、その直前ヴァリニアとその子供を自由人にする書類を作成し、バタイアタスに託した。

バタイアタスはヴァリニアを連れてローマ城外に脱出したが、城門の外に磔にされたスパルタカスを見つけたヴァリニアは息子を抱いて馬車を降りてスパルタカスのもとに駆け寄り、息子は自由になったと伝えた。スパルタカスは静かにうなずき、やがて息を引き取った。ヴァリニアはバタイアタスにせかされて馬車に戻り、去っていった。
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