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2015年7月21日

6808 ビッグデータと地域医療構想

ビッグデータと地域医療構想:(高山義浩 2015年7月21日)という記事の紹介です

概要は: 厚生労働省が、二次医療圏別にみる2025年の必要病床数推計のツールを配布した。診療報酬明細書情報や、急性期病院の入院医療などの医療ビッグデータに人口予測を重ねて、将来の必要病床数を推計する。推計結果の概要が発表され、【病床「10年後に1割削減可能」 政府目標、介護に重点】などと報じられた。しかし病床は様々で、単純な足し算に現場は違和感がある。

医療機能別、疾患別、地域別と、地域医療を検討できる。参考にはなるがデータはデータ。現実のベッドには患者が横たわり、信頼関係に基づく「臨床」がある。今後「地域医療構想」議論が加速する。データに振り回されず、臨床感覚を見失わず、民主的なプロセスをとるのが必要。

清澤のコメント:2025年をターゲットとした「地域医療構想」への議論が加速するわけですね。従来、行政側は個々の医療機関に諮ることもなく、しばしば制度を大きく変えてきました。多くの中規模病院の破綻がそうして引き起こされてきました。ですから、当医院のような弱小医療機関でも、その様な議論には注目しておくことが必要です。

ーーー記事全文引用ーーー

情報技術(IT)革命って、2000年に流行語大賞をとった頃には、なんだかミレニアムな、究極の民主化が訪れるような期待がありましたよね。でも、実際はデータ量が過大になったことで、それを扱える設備投資ができるかどうかで情報格差が生まれています。たしかに、多様な情報に人々は自由にアクセスできるようになりました。でも、それ以上に情報量が増加しているのです。
近年、もてはやされているビッグデータにしても、これを駆使できるのは限られた(しかもカネのある)組織にすぎません。かつて情報の中央集約を図ることで「制空権」を握っていた霞が関ですら、情報通信産業による圧倒的な設備投資の後塵を拝しつつあります。

ビッグデータを信奉して、そこから導かれる社会を作ろうとすることは、民主的なプロセスから遠のきかねないリスクをはらんでいます。ビッグデータを解析するロジックが、次々と特許になっていることの影響も考えるべきです。

ビッグデータ流行の根底には、「ビッグデータを解析すれば、相関関係が明らかになり、因果関係を考える必要がなくなる」みたいな反知性的誤解があるようですが、そんなことはなくて、どこまでいっても推論作業の領域はあるのです(むしろデータ要素が多様になれば、それだけ拡大する)。そして、誰かが統計学的解析のアルゴリズムを作っているのですが、そこには価値観があり、利害関係があり、個を埋もれさせようとする意図だって介在しうるのです。だからこそ、これからの情報社会のアーキテクチャー(設計思想)には、どれだけ民主的なプロセスのもとでデータを活用しているかが問われていると感じています。

さて、先月、厚生労働省が各都道府県に対して、二次医療圏別にみる2025年の必要病床数を推計するためのツールを配布しました。

これは、診療報酬明細書(レセプト)情報をアーカイブ化したNDB(National Database)や、主に急性期病院の入院医療を可視化したDPC(Diagnosis Procedure Combination)データなどの医療ビッグデータを現状で解析し、そこに国立社会保障・人口問題研究所が示す将来人口予測を重ねることで、高齢化が急速に進展する将来の必要病床数を推計できるようにしたものです。

先月15日、この推計結果の概要が発表されたため、これをメディアは一斉に報じていました。たとえば朝日新聞には、「推計によると、25年時点で全国で必要とされるベッド数は115万~119万床で、13年の134万7千床から減らせるとした。何の対策も取らないと、25年には高齢化によって152万床となるが、自宅や介護施設で29万7千~33万7千人を受け入れれば、削減可能としている。」とありました(病床「10年後に1割削減可能」 政府目標、介護に重点)。

ただ、病床といっても様々なんです。多くの医療資源を投入するICU(集中治療室)の病床もあれば、回転の速いER(救急救命室)の病床もあります。日常生活への復帰をめざすリハビリ病床もあれば、重い障害を抱えた方が生活の場としている病床もあります。これらを単純に足し合わせるのは、「スイカとバナナ、そしてブドウが8個あります。でも、ほんとは5個あれば大丈夫じゃないですか?」と言ってるようなもので、現場の医療従事者からみるとすごく違和感があります。

実際の推計ツールでは、高度急性期や急性期、回復期、慢性期という医療機能別、さらには悪性腫瘍や脳梗塞、あるいは骨折などの疾患別でも示されています。そして、地域別で集計されており、どのように地域医療をカスタマイズすればよいかを検討できるようにもなっていました。

たしかに参考になるだろうと思いますが、それでもデータはデータにすぎません。答えを指し示すことはないでしょう。現実のベッドには生身の患者さんが横たわっていて、「単なる記号」ではないからです。そして、そこには信頼関係に基づく「臨床」があるのです。

これから、2025年をターゲットとした地域医療のあり方を策定する「地域医療構想」への議論が加速することになります。問われているのは、データに振り回されることなく、いかに臨床感覚を見失うことなく、民主的なプロセスをとれるか・・・ でしょうね。

全国単位で病床が増えるとか、減らされるとか、まるで現場感のない数字だけが独り歩きするような政策論争を重ねていても仕方がありません。それぞれの地域で、どのような医療をめざすのか、そのためには何を求めていくのか。これを医療者と住民との対話のなかで明らかにしてゆくことが、ビッグデータを活用する前提として求められているはずです。

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