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2015年7月5日

6743 早春 (映画)を見ました

早春 (映画)という映画には日本のこの映画と海外のものとがある様ですが、今日見たのは
池部良、淡島千景、岸惠子が出ている1956年(昭和31年)小津安二郎監督の映画です。東京は電車ですが、まだ駅舎は跨線橋で結ばれており、蒲田駅前ものどかな風景です。東京駅の一日乗降客数が仙台の人口30万人と同じと紹介しています。この夫婦の間に生まれて疫痢であっけなく死んだという一人息子が生きていればちょうど昭和28年生まれの私くらいになるはずで、ちょうど私の両親くらいの年恰好です。
 今でも、不倫というストーリーは多いのですが、この時代らしい倫理観も映画内では展開して見せています。しかし、監督は倫理ではなく、いかに夫婦愛を大事にするかということを主題としていると思います。女優岸恵子がそののち海外に出て行ったという経過ともよくマッチした役回りでした。

Early Spring
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監督 小津安二郎
脚本 野田高梧,小津安二郎

上映時間 144分

wikipediaから:『早春』(そうしゅん)は、1956年(昭和31年)に公開された日本映画である。小津安二郎監督の第47作目。

概要
20080506224632(映画の東京駅)
東宝のスター俳優池部良と淡島千景を主演に、『君の名は』で一躍松竹の看板女優となった岸惠子を迎えて新味を出した作品。戦後からようやく立ち直りつつある東京を舞台に、若いサラリーマン夫婦の危機と再生、2人をめぐる人間模様を描く。池部と岸にとっては唯一出演した小津作品であり、同じようなキャストを使い続けた小津にとっては異例であった。

1947年(昭和22年)以降、年1作ペースで映画を作り上げていた小津は、1953年に『東京物語』を完成。翌1954年8月、次回作の構想を練るべく、蓼科高原にある野田高梧の別荘(通称「雲呼荘」)に入った。同地で『早春』の着想を得たが、同年の9月以降、田中絹代の監督作『月は上りぬ』をめぐる騒動の中で田中を全面的にバックアップしたため、『月は上りぬ』は1955年1月の公開にこぎつけたが、小津の映画製作は進まなかった。1955年3月、茅ケ崎館で再び『早春』のシナリオに取り掛かって6月に完成。7月にロケハンを行い、8月に撮影に取り掛かった。12月29日に撮影を終え、1956年(昭和31年)1月29日に『早春』が公開された。

1947年の『長屋紳士録』から1953年の『東京物語』まで、年1本のペースを守ってきた小津にとって、1954年・1955年は戦後初の空白期間となった(ちなみに、1956年の『早春』以降も、1962年の遺作『秋刀魚の味』まで基本的に年1本ペースが守られている。2時間24分という上映時間は、小津の現存作品では最長である。

あらすじ
img_0(当時の蒲田駅前)
東京蒲田の住宅地に暮らし、丸の内のオフィスに通勤するサラリーマン正二(池部良)と昌子(淡島千景)は夫婦であるが、子供を疫痢で失って以来、お互いにしっくりいかないものを感じていた。そんな中、正二は通勤仲間の1人である「キンギョ」こと金子千代(岸惠子)と、成り行きから一夜を共にしてしまう。2人の仲にただならぬものを感じた昌子は、正二を責めて家を出ていく。そして、正二に岡山県三石への転勤話が持ち上がり、夫婦はそこでやり直すことを誓うのだった。

注:岡山県三石:現在は合併して備前市(人口3万人程度)になっている。備前焼の産地。
t02200165_0285021411158031393映画に出てきた三石の窯業工場の煙突

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