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2015年5月17日

6564 クラウディア・カルディナーレの「ブーベの恋人」とは


クラウディア・カルディナーレ
本名 Claude Joséphine Rose Cardinale
生年月日 1938年4月15日(77歳)
クラウディア・カルディナーレ(Claudia Cardinale, 1938年4月15日-)はイタリア人の両親のもと、チュニジアに生まれたイタリアの女優である。愛称はCC。

285px-Claudia_Cardinale-signed母語はフランス語で、イタリア語は18歳になるまで話すことがなかった。1957年、チュニジアで開かれた美人コンテストで優勝したことがきっかけで映画界入りした。フェデリコ・フェリーニ監督やルキノ・ヴィスコンティ監督の作品が代表作。1960年代にはブリジット・バルドー(BB)、マリリン・モンロー(MM)らと並び、CC(Claudia Cardinale)としてセクシー女優としても人気を誇っていた。

無題(映画の原作本)
このクラウディオ・カルデゥナーレが出た有名な映画に「ブーベの恋人」という作品が有ります。これは”「ブーベ」とあだ名で呼ばれたパルチザンの男の恋人”という意味です。この映画前篇を見ようとしたのですが、ネットではさわりの部分しか見られませんでした。
調べてみたら、この映画には原作が有ったのですが、『マーラとナーダ:二人の「ブーベの恋人」』という別の記事が見つかりました。
http://www009.upp.so-net.ne.jp/makosgy/saggio-A01.html

その記事によれば、
■ イタリア、トスカーナ州の山あいの地ポンタシエヴェに暮らす、ナーダ・ジョルジさんは、イタリア文学の名作で映画にもなった『ブーベの恋人 (La ragazza di Bube)』のモデルとなった女性だというのです。

無題
その半生をつづったドキュメンタリーが、『ナーダ = ブーベの恋人 (Nada = la ragazza di Bube)』のタイトルで、フィレンツェの出版社から刊行された(マッシモ・ビアジオーニ著、POLISTAMPA)。この記事はカルロ・カッソーラの原作小説と、日本でもヒットした映画を改めて紹介した上で、新刊『ナーダ = ブーベの恋人』の内容に沿って、ナーダさんが”ブーベ”と歩んだ道のりをたどっています。ーー

無題(釈放後の幸せになったレナートさんとナーダさん)結局その話を読むと、イタリア共産党系のパルチザンだったレナートさんはイタリアが停戦を決めた後の1945年5月、警察との衝突事件で憲兵とその息子を殺害しました。それは、戦争中の対独抵抗運動そのものではなかったとされ、この罪によって逃亡中の1946年に欠席裁判で16年の有罪が確定しました。その後ブーベのモデルである収監中のレナートさんと、村の娘ナーダさんは51年8月に刑務所内で結婚式を挙げました。レナートさんは61年に刑期を3年短縮されて出所し、一人の子供をもうけて81年11月に癌で亡くなっています。

という事は恋人の出所を待つという所で原作と映画は終わってますが、「ブーベの恋人」の現実の結末は、まずまずのハピーエンドだったという事でした。
これは、クラウディオ・カルディナーレの多くの出演作を集めた動画です。

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