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2015年3月11日

6352 東日本大震災追想

 時はあたかも東日本大震災から4年を迎えました。今年は「がんばれ白馬村、神代断層地震」の陶芸展を2月に開催しましたので、地震に関連してはやや満腹状態ですが、東日本大震災については当時を思い出すメールの紹介から始めましょう。
 放射線科医の北原君がこの後「クラスメート間で飛び交ったメールを取りまとめてネット上の本にまとめて、多少の解説を付けてくれる」という話もありますが、どうなることか?(これは老人の繰り言です。この話はもう聞いたという方はどうぞスキップなさってください。)

何回も引用して恐縮ですが、このメールは2011/03/12 (土) 23:14に当時の仙台市立病院副院長だった亀山正信君が発信するも、送信元のアドレスがいつもと違ったため、大学同級生のメーリングリストは自動転送がされず、彼が機転を利かせて赤マーク付で私に送ってきたものです。間もなくそれに気が付いて、私がメーリングリストに私のアドレスで流したのが2011/03/13 (日) 1:36のこと、つまり地震発生の翌日の真夜中です。
 ニュースとして報道されていない、この時すでにわが同級生は宮城県内の死者が1万人を越すと知らされたわけです。このメールだけでも当時の仙台市の様子がよくわかります。

第1信

「清澤先生、
いつもと違うメールアドレスから発信したら(東北大学昭和)53(年卒業同級)会のメーリングリストにうまく流れません。メーリングリストにお手数ですが転送して頂けますでしょうか?

53会(東北大学医学部医学科53年卒の同級会)の皆様
地震2日目の夜を仙台市立病院で迎えました。既に400人を超える患者を受け入れてきましたが、現在もなお救急車(他県からの緊急消防援助隊)も含め収容依頼なしで搬入されてきています。仙台市内の死者もおそらく1000名を超え、宮城県内では1万人を楽に超すものと思います。夕方からは他県のDMAT(災害派遣医療チーム)2チームに当院に入ってもらい手伝ってもらっています。

病院はなんとか診療機能を維持し、電気は復旧、水道は給水車による優先給水、医療ガスは備蓄でやっています。市内の他院は電気が復旧しないため非常発電に依存しており重油の供給がいつ再開されるかがカギです。胸痛(ママ、共通の誤り)の問題点は、患者・職員の食料(備蓄もそれほど多くない。コンビニは長蛇の列)、薬品・診療材料の不足(卸が停電で機能せず、また壊滅状態となったところもあり、供給の見通しが立たず)等々です。

市立病院の建物にも一部被害があり、入室禁止箇所があるため入院患者数の制限を余儀なくされています。

医師・看護師をはじめco-medicalスタッフを含め、職員の疲労(被害者としての心理面を含め)を考慮しながら、できることをやるのみです。
長沼先生も元気です。

仙台市立病院 亀山」
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第2報以下は、昨年の別記事(⇒こちらでリンク)からご覧ください。

清澤のコメント:3月11日は東日本大震災の有った日。仙台近辺の方々はそれぞれに知り合いをなくしたり、自らの住宅や会社に被害を受けたりなさったことでしょう。それぞれに悲しみを共有し、明日に備えましょう。
無題本日のメトロの吊革公告に「戦争を知る世代から日本人への警告 憎悪や報復に身を委ねるな「見たことのない戦争」が始まった 半藤一利 徳岡孝夫」というのが出ていました。「社会と個人が物事に冷静に対応しないと勢いで大変なことになる」というタイムリーな戒めだと思います。

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