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2014年12月9日

6105 リチャード3世、骨から死因判明という記事がランセットに

無題
リチャード3世、骨から死因判明という記事がランセットに出ています。

リチャード3世の一生はシェークスピアによって描かれています。それによれば、薔薇戦争の最中にある15世紀イングランド。ヨーク家のエドワード四世は病の床にあった。王の弟であるグロスター公リチャードは、生まれながらの身体的障害をもバネにし、王位をものにしようと企む。巧みな話術と策略で政敵を次々と亡き者にし、その女性たちを籠絡して見事王位に就くリチャード。だがその栄光もつかの間、ランカスター家のリッチモンド伯ヘンリー・テューダー(後のヘンリー七世)が兵を挙げたのを契機に次第に味方は離れていき、ついにはボズワースの戦いで討たれる。

死体は脊椎側弯症が強い骨格で、年齢は30-34歳の特徴を持っていたと原著論文には記載されています。骨盤と頭部2か所の傷があり、頭部の傷が致命傷か?という事です。腕に防御裂創はなく頭部に傷が多いことから鎧は着ており兜は身に着けていなかったのではないかとされており、骨盤の傷はあとで付けられたか?と記載されていました。

2014年9月25日 ソース:Lancet

 リチャード3世(15世紀のイングランド王)と同定された遺骨に対し、法医学的分析で死亡原因を特定。頭蓋骨に9カ所および頭蓋後頭部に2カ所の死亡前後の損傷が特定された。損傷は中世の武器によるものと一致した。3カ所(下頭蓋2カ所と骨盤1カ所)が致命的だった可能性があり、著者らは、死因の可能性が最も高い損傷は下頭蓋の傷としている。

文献:Appleby J,et al.Perimortem trauma in King Richard III: a skeletal analysis.Lancet. 2014 Sep 16. pii: S0140-6736(14)60804-7. doi: 10.1016/S0140-6736(14)60804-7.

The Lancet, Early Online Publication, 17 September 2014

Perimortem trauma in King Richard III: a skeletal analysis

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