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2014年11月3日

5982 アメリカ映画「マダム・マロリーと魔法のスパイス」見てきました。

無題
[マダム・マロリーと魔法のスパイス]見てきました。

パリの都会的なレストランの場面もあり、そしてそこからマロリー夫人の田舎レストランに戻るというストーリーにはほろっとさせられました。


インドのムンバイで大きなレストランを経営していた一家が選挙がらみの焼打ちに遭って、ロンドンのヒースロー、そしてフランスの片田舎に流れ着くという所から話は始まります。

彼らは、自動車が故障してそこに泊まることになった町にインド料理店を開きます。ところが、その向かいにあったフランス料理店のマダムとの対立は激しさを増してゆき、嫌がらせもエスカレートしてゆきます。映画「マダム・マロリーと魔法のスパイス」です。

 ヘレン・ミレンが地方の有名レストランのオーナー役(実は、女優の彼女はイギリス人らしいです)、彼女はメートルドオテルであるだけではなく、その日に作る料理品目も指示していました。いくらご主人のレストランを引き継いだといっても、大体そんなことってあるのでしょうか?

 ラッセ・ハルストレムが監督ですが、スティーブン・スピルバーグの名前も確かにプロデューサーの名に入っていました。11月1日から公開されたところで、私は新宿武蔵野館で見てきました。私はこのようなフランスの人や街を見るのが限りなく好きなのです。

330px-Certificat_d'aptitude_professionnelle_-_1950_-_Rennes‘(CAP セー アー ペー フランスの調理師免許:ウィキペヂアから借用) パパやその一家がインドのムンバイで大きなレストランの経営者であったという自負はあくまで失われてはいません。しかし、ヨーロッパではそれは全く評価されません。調理師免許(CAP)もないのか?と入国審査では軽侮の目にさらされます。また成功してパリの料理界に抜擢されても、雑誌「シェフ」では「ガター(惻溝)」からの躍進と言われる始末です。

 マダム・マロリーのレストランの向かいに店を開いたインド人家族とは、最初から折り合いが悪く、マロリー夫人からの嫌がらせは仕入れ材料の買い占めから、店員がしたこととはいえ店への放火にまで及びます。インド人家長のパパ(オム・プリ)の、自信と自尊心が見もの。出身国での高い価値を鼻で笑われます。フランスに移住した有色人に共通の思いです。

 2軒のレストランの戦争というよりも、実態は異文化の衝突という事なのでしょう。今では当たり前になった日本の醤油の味を効かせたヌーベル・キュイジン・フランセーズといっても、このインドのスパイス味と同じで、初めはかび臭いと相手にもされなかったに違いありません。この物語にしても、インド人がフランス料理を学んだからこそ許している感じもなくはありません。そもそも調理場のメンバーはそんなにレベルの高い人たちばかりではなさそうです。

 カダム家の次男のハッサン(マニッシュ・ダヤル)は謙虚にフランス料理を学び、実力をつけてゆきます。そして主役のハッサンと恋に落ちるフランス人の女性の調理師は美しく純粋でした。

 映画の中で彼女はスーシェフと自己紹介してましたが、フランスで「スーシェフ」というのは料理長代理であって、一般の料理人(キュイジニエ)よりも上の役職だと思うのですけれど、如何。フランス映画では、何事も「ウィシェフ」と調理人が料理長の指示に答えますが、米国では料理人すべてがシェフと呼ばれているようです。

注:フランス料理業界も知らない癖に生意気な奴だとお思いの方は(こちら⇒)もご覧ください。

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