お問い合わせ

03-5677-3930初診受付

ブログ

2014年10月6日

5885 「医者どんの言志録」

熊本市の出田病院、出田秀尚先生から私家本の「医者どんの言志録」をいただきました。

医者ドンの言志録からの名言です。すべてかくありたいというたぐいの言葉に溢れた御著書です。

1、56-60歳(1994~1998年)の章では
8)怒る患者
時間をかけて一心に納得させようとすればするほど気持ちは離れてゆく。患者に言わせれば、自分のいう事は聞いてくれず、薄ら笑いを浮かべ、目を見て話をせず、途中で看護婦と話をしているといって、怒っている。。。
患者を怒らせないようにするには、患者の容貌のひとつでも良いところをとらえ、感覚的に好きになろうと努める。訴えは真剣に同情を持って聞き最近の家族との死別など患者の重大事が分かればカルテに記入しておく。。。
 患者を好きになることから始めよう。:だそうです。

21)は、人生の落とし穴 謙虚さを失うときに注意―
「治してやっている」、「仕事をしてやっている」という人間の傲慢さが頭を持ち上げてくると、知らない間に落とし穴に入っていくことになる。医師は、患者や病院に対して強い立場にあるので、医師が一方的な態度で仕事をしていても、しばらく続くであろうが、長続きはしない。
長続きするメスは、世の中の役に立つという普遍性のあるものでなくてはならないと思う。
 どうすれば謙虚な気持ちになれるのだろうか。筆者は患者を下から見上げるように努めている。また、態度が横柄にならないよう、腕組みや足組は避け、言葉も大声をつつしみ、誠意ある口調で静かに話すよう努めている。:という事だそうです。

2、61歳~65歳(1999~2003年)
患者さんにはまず「こんにちは」-まずは信頼をー
外来で患者さんがよばれて自分の前に腰かけたらまず、こんにちはとあいさつをしたい。挨拶もなく、顔も見ず、カルテだけを見ているようでは患者との良い関係は生まれない。
 米国では、社会の全てにプロの意識が徹底している。医師も例外ではない。患者との会話はまず笑顔で、こんにちはから始まり、ご機嫌いかがですかと続き、一度でも家族の人に会っていたら、家族の期限もうかがう。――

Ⅱ、対患者編 
1、56~60歳 (1994~1998年)
後輩に意見を求める  ―謙虚な気持ちが成功に導く―
 手術が上手になるのも、職業人として成長してゆくのも、その人の運次第というものではない。特に40歳をすぎてからの成功は後輩の意見をいかに聴くか、その人の謙虚な気持ちによるところが大きいと考える。

2、66歳~70歳(2004年~2008年)
1)一方通行のコミニュニケーション -多忙な医師に注意
部下や病院の職員などへの対応にも、しゃべらせる、心から褒める、顔をつぶさない、命令をしない、期待をかける、激励するなど、今でも私に付いてきてくれる職員がいるのはそのお陰である。
 しかし、長年忙しい日常が続き、年齢も60歳を過ぎると、つい結論を急ぎ、ゆとりの会話をなくしてしまっている。――

8)スケペンス先生の生き方
「自分は五体満足、家族にも恵まれている。この幸運を、資力障害に悩む人を助けることによって、天に恩返しをしなければならない」と言っておられた。
ちなみに、「義父母から受け継いだのは江戸時代以来の眼科のDNAと、診療所および3人の職員、私は40歳になっていた。―-気が付けば75歳、診療所は職員160人の眼科病院になっていた。」という事だそうです。

ーーこの新聞の記事を見て気が付いたのですが、この本は非売品だったのですね。新聞記事引用開始ーーー

熊本の眼科医・出田秀尚氏が「医者どんの言志録」出版

 熊本市中央区の出田眼科病院名誉院長、出田秀尚氏(75)がエッセー集「医者どんの言志録」を出版した。金原出版(東京)の医学専門誌「眼科」で平成6年から20年間続けた連載をまとめ、日常の診療風景から、医師や患者としての心構えを説いた。出田氏は「良い医療を行うには、医者の『技術と心』が車の両輪として必要。心を育てる教科書になればうれしい」と語った。

 「良い組織づくりの基本は、職員の人間的尊厳を第一に考えること」

 「不測の事態が発生したときには、天に従い、私心を捨てること。則天去私の考えは、病気を乗り越えるときばかりでなく、これを心得た人は事態に柔軟に対応し、人生で成功を収めることができる」

 エッセー集「医者どんの言志録」には、開業医を中心に医者が心に留め置くべきこと、病という非日常の世界に突き落とされた患者が、病を乗り越えて生きていくための心がけが、ふんだんに盛り込まれた。

 出田氏は北九州市出身で熊本大大学院修了。米国留学中、網膜剥離(はくり)の手術を完成に導いたハーバード大のチャールズ・スケペンス教授に師事した。

 熊本大眼科講師を経て、昭和54年、妻の実家の眼科診療所を引き継ぎ、出田眼科病院を開業した。

 出田氏は網膜剥離などの治療に必要な「網膜硝子(しょうし)体手術」を数多く執刀した。難易度が高い手術を成功させ、多くの患者を失明の危機から救ってきた。

 診察のかたわら、昭和57年から11年間、専門誌「眼科」に執刀例を紹介。平成5年には集大成となる「図説網膜硝子体手術」も出版した。

 執筆活動は、医療の具体的な話にとどまらない。

 「良質な医療の実現には、技術面だけでなく、精神性も重要。日常診療で私がどう考え、行動したかを記していきたい」

 出田氏は6年、メンタルに重点を置いたエッセーの連載を始めた。25年までに142編。今回、この連載を、対医師編と対患者編に再編し、322ページの新書版にまとめた。

 本のタイトルは江戸時代の儒学者、佐藤一斎の語録「言志四録」から名付けた。

 院長職は長男、隆一氏に譲ったが、現在も現役の医者として外来診療などにあたる。

 「患者と医者の間には心のすれ違いなど問題が発生する。私は、先人の教えを思い出して、こうした問題を含め病気を乗り越える工夫をしてきた。同じように後進の医師の心のあり方の参考にしてもらいたい」と述べた。

 本は非売品だが、問い合わせは金原出版(電)03・3811・7162。
ーー引用終了ーーー

Categorised in: 未分類