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2014年6月26日

5581 盲(し)ふるに、早やもこの眼、見ざらむ…

今日の眼の話題です:

〈盲(し)ふるに、早やもこの眼、見ざらむ…

〈盲(し)ふるに、早やもこの眼、見ざらむ、また葦(あし)かび、籠飼(ろうげ)や水かげろふ〉。福岡県柳川市出身の北原白秋が遠い故郷をしのんだ「帰去来」の一節だ

 ▼晩年の白秋はほとんど視力を失っていた。故郷に戻っても、アシの群生や魚を捕る籠、水かげろうなどの懐かしい風景を見ることはできない。それでも帰りたい。そんな郷愁をつづった

 ▼水郷柳川は古くからウナギ漁が盛んで、せいろ蒸しは名物料理だ。昔は竹で作った籠飼を川に沈め、ウナギを捕るのが子どもたちの小遣いかせぎだったそうだ。今ではウナギの数が減り、簡単には捕れなくなったと聞く

 ▼国際自然保護連合がニホンウナギを絶滅危惧種に分類した。ニホンウナギは太平洋のマリアナ海溝付近で産卵し、稚魚が黒潮に乗って日本や台湾、中国などへ戻ってくる。乱獲や生息地の環境悪化で親ウナギや稚魚の漁獲量が激減しているという

 ▼養殖ウナギもすべて天然の稚魚を育てたものだ。漁獲制限や国際取引規制はやむを得まいが、料理店や食卓に影響が出よう。養殖業が盛んな九州にも痛手だ

 ▼〈筑後路の旅を思へば水の里や、柳川うなぎのことに恋しき〉。作家劉寒吉(りゅうかんきち)さんの歌を引くまでもなく、日本人ほどウナギを愛する国民はいまい。かば焼き、白焼き、うな重、せいろ蒸し…。喉が鳴る。が、しばし飽食の舌鼓は控え、保護を優先したい。伝統の食文化と懐かしい故郷の風景を残すために。

=2014/06/17付 西日本新聞朝刊=
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帰去来

山門(やまと)は我(わ)が産土(うぶすな)、
雲騰(あが)る南風(はえ)のまほら、
飛ばまし、今一度(いまひとたび)。

筑紫よ、かく呼ばへば 戀(こ)ほしよ潮の落差、
火照沁む夕日の潟。

盲(し)ふるに、早やもこの眼、 見ざらむ、また葦かび、
籠飼(ろうげ)や水かげろふ。

帰らなむ、いざ鵲(かささぎ) かの空や櫨(はじ)のたむろ、
待つらむぞ今一度(いまひとたび)。
故郷やそのかの子ら、皆老いて遠きに、何ぞ寄る童ごころ。

大意

山門柳河は私を生んだ大地だ。南風(はえ)に吹かれて雲がひるがえる、 美しい場所(まほろば)だ。ああ鳥となってもう一度飛んで帰りたい。

筑紫よ、この名前を呼べば恋しく思い出される。干満の差の激しいその海が夕陽に赤く染まる海の景色が

今や私の視力は衰え見えなくなってしまった。たとえ故郷に帰っても 葦の群生や籠飼(魚などを捕るためのカゴ)、水かげろうといった懐かしい風物を 見ることはできないのだ。

それでも帰りたい。カササギの舞い櫨(はじ)の木が群生する懐かしい故郷柳川に。きっと私を待っているだろう。

故郷も当時遊んだ友達も年老いて遠ざかってしまった。
それなのに子供のようにこんなにも心引かれるのはどういうわけだろう。

晩年の白秋はほとんど視力を失っていました。連日の徹夜作業の無理がたたってか腎臓病と肝臓病がもとで眼底出血し、昭和12年11月には東京駿河台の杏雲病院(きょううんびょういん)に入院しました。

「帰去来」といえば陶淵明の漢詩『帰去来辞』も有名です。

歸去來兮(かへりなん いざ)

帰りなんいざ、田園将に蕪(あ)れんとす。

胡(なん)ぞ帰らざる。

現代語訳

さあ故郷へ帰ろう。

故郷の田園は今や荒れ果てようとしている。どうして帰らずにいられよう。

今までは生活のために心を押し殺してきたが、もうくよくよしていられない。

今までが間違いだったのだ。これから正しい道に戻ればいい。

まだ取り返しのつかないほど大きく道をはずれたわけではない。やり直せる。

今の自分こそ正しく、昨日までの自分は間違いだったのだ。

舟はゆらゆら揺れて軽く上下し、風はひゅうひゅうと衣に吹き付ける。

船頭に故郷までの道のりを訪ねる。(行き合わせた旅人に行き先を訪ねる)朝の光はまだぼんやりして、よく先が見えないのが ツライところだ。

やがてみすぼらしい我が家が見えてくると、喜びで胸がいっぱいになり、駆け出した。

召使は喜んで私を迎えてくれる。幼子は門の所で待ってくれている。

庭の小道は荒れ果てているが、松や菊はまだ残っている。

幼子を抱えて部屋に入ると、樽には酒がなみなみと用意されている。

徳利と杯を引き寄せて手酌し、庭の木の枝を眺めていると、顔が自然にニヤケてくる。

南の窓に寄りかかってくつろいでいると、狭いながらも我が家はやはり居心地がいい、そんな気持ちにさせられる。

庭園は日に日に趣が増してくる。門はあるが常に閉ざしていて訪ねてくる者もいない。

杖をついて散歩し、時に立ち止まって遠くを眺める。

雲は峰の間から自然に湧き出してくる。鳥は飛び飽きて巣に戻って行く。

あたりがほの暗くなって、もう日が暮れようとしている。庭に一本立った松を撫でたりしながら、私はうろついている。

さあ故郷へ帰ろう、俗世間と交わるのは、もうよそう。

世間と私とは最初から相容れないものだったのだ。いまさらまた任官して、どうしようというのか。

親戚の人々との心のこもった話を楽しみ、琴を奏でて書物を読んで…そうしていれば憂いは消え去る。

農夫がやってきて私に告げる。そろそろ春ですね、西の畑では仕事が始まりますと。

ある時は幌車を出すように命じ、ある時は小舟に乗って田んぼに出かける。

奥深い谷に降りたり、けわしい丘に登ったりする。

木は活き活きと生い茂り、泉はほとばしって流れていく。

万物が時を得て栄える中、私は自分の生命が少しずつ、終わりに近づいているのを感じるのだ。

まあ仕方の無いことだ。人間は永久には生きられない。命には限りがある。

どうして心を成り行きに任せないのか。そんなに齷齪して、どこへ行こうというのか。

富や名誉は私の願いではない。かといって仙人の世界、などというのもアテにならない。

天気のいい日は一人ぶらぶらし、傍らに杖を立てておいて、畑いじりをする。

東の丘に登ってノンビリ笛を吹き、清流を前にして詩を作る。

自然の変化に身をゆだね、死をも、こころよく受け容れる。

こんなふうに天命を受け容れてしまえば、もはや何のためらいも無いだろう。

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