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2014年5月18日

5455 東京都眼科医会100周年記念祝賀会

無題
 東京都眼科医会100周年記念祝賀会が開かれました。学術部の医院を務めさせていただいている関係もあって、お誘いを受けたので高橋雅代先生ん公園と式典の一部でお話を聞いてきました。

 都内にいる眼科開業医師にとっては珍しくも無い会なのですけれど、新規の加入希望者が居ても、専門医を完成していなかったり、その他の理由があったりすると、誰でも何時でも加入させてもらえると言う訳でもないようです。

 今日は濱崎会長からその100年の歴史を伺いました。始まりは意外に新しくて、大正の初期だったそうです。戦争中には、国に解散させられた歴史もあったそうです。戦後は東京以外の参加希望者の増加に合わせてその会は日本眼科医会に衣替えし、その下部機関としての東京都眼科医会も同時に発会したというご説明でした。同会のホームページ(http://www.tougan.org/about/about_tokai.html)に出ている会の歴史を参考にちょっと記事にさせて頂きます。

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そもそも東京都眼科医会は、大正2年1月24日の東京眼科医会の第1回総会において発足したことになっているがそれに先立つ勉強会は一年ほど前からあったのだそうです。この当時の東京市は人口約200万、眼科医100名程度であったといわれております。「まだ眼科医間に情報組織がないのはおかしい。この際、旧弊を打破して宜しく眼科医会合の組織を作るべし」という趣旨の意見が眼科開業医の中から起こり、大正元年、築地精養軒に有志が集まり、医会の骨格などを協議し、更に草案を作り上げました。1月24日に、眼科医47名が築地精養軒に集い、創立第1回総会が開催されました。

その後順調に会は発展しておりましたが、満州事変から大戦に至る暗黒の時代となり、医療そのものが苦難に満ち、医会活動も思い通りには行かなくなりました。国民医療法に基づき解散のやむなきに至りましたが、名を変えて続いておりました。

終戦後の昭和21年1月27日、東京眼科医会が再開され、ひたすら充実発展してまいりました。昭和59年からは、東京都眼科医会と改められました。発足当時は「眼科医の相互研鑽」が目的でありましたが、次第に「東京都民への目の大切さの啓発、目の健康推進や眼科地域医療の充実」が大きな比重を占めるようになってきました。

そこで平成18年4月1日より公益事業を目的とした、社団法人東京都眼科医会となり、公的に認められる会となりました。法人法の改正により平成25年4月1日よりは公益社団法人東京都眼科医会となり、更なる発展を遂げ現在に至っております。

 このほか、東京眼科医会は日本眼科医会の母体ともなっており、東京都眼科医会はその下部組織と言う形にもなっています。

事業の中心は、以下の4項だそうです。
  1.都民への眼科医療の啓発および相談に関する事業
  2.眼科に係る地域医療の充実に関する事業
  3.失明予防、視覚障害者対策事業および関係団体への協力に関する事業
  4.眼科に係る医学・医療の調査研究および教育に関する事業

・東京都眼科医会には以下の10事業部があり、活発な活動を致しております。
  1)総務部 2)経理部 3)学術部 4)公衆衛生部 5)学校保健部
  6)社会保険部 7)福祉厚生部 8)広報部 9)勤務医部 10)医療対策部

具体的な公益事業としましては、10月10日の目の愛護デー行事として、都民の皆様を対象として、眼科講演会や眼科検診・相談会を超えた正しい目の知識の普及、目の健康推進を図り、Tokyo Eye Festival という目の病気による障害を体験してもらう啓発事業を9月15・16日に新宿駅西口広場において開催する準備をしております。

又、7月の土曜日には有楽町マリオンの朝日ホールに於いて、東京都と共催で「目の健康講座」を開催し、聴講者400名余を数え、首都圏の皆様に目の健康について啓発を行っております。この他、視覚障害者リハビリテーション指導者講習会を開催し、視覚障害者の社会復帰を援助しております。更に、眼科医を対象とした学術講演会や講習会を行い、眼科医の医療知識・技術の向上を図り、地域眼科医療の充実に力を入れております。
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