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2014年4月29日

5397 「わだつみ」の木村久夫に別の遺書:の記事です

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学徒兵・木村久夫が死刑執行の半時間前に残した遺書がもう一通見つかったという記事が今日の東京新聞に出ていましす。今朝、私はこの新聞をコンビニで見かけたのですが、みどりの日の筆頭記事でもあり、特に気になったので午後から店に戻って購入し、この記事を精読しました。

先日読んだ辛くも生き残ったイギリス人捕虜と日本人通訳の話(映画レイルウェーの原著)にも重なるものがあります。

記事によれば、この遺書で木村は父に先立つ不孝を詫び、京都帝国大教授だった田辺元の哲学通論を手にして感激して読んだことを綴り、また戦後の日本に自分がいない無念さを吐露、最後に別れの挨拶をし、辞世の歌2首を残したという事です。

風も凪雨も止みたり爽やかに
 朝日を浴びて明日は出でなむ

心なき風な吹きこそ沈みたる
 心の塵ぞ立つぞ悲しき

大阪市吹田市出身の木村は京都帝大に入学後、召集され、陸軍上等兵としてインド洋・カーニコバル島に配属され通訳などをしていたが、スパイ容疑で住民を取り調べた際拷問して死なせたとしてB級戦犯に問われた。取り調べは軍の参謀らの命令に従ったもので、木村は無実を訴えたが、シンガポールの戦犯裁判で死刑とされ46年5月、執行された。28歳だったという事です。

この記事で新たに分かったことの骨子は

・すべて「哲学痛論」の余白に書かれていたが、別の遺書が存在した。
・「わだつみ」の遺書は、2つの遺書を合わせて編集したもので、多くの削除、加筆等があった。
・辞世の短歌が入れ替わっていた。
・編集は最初に恩師が「或る遺書について」を公表した段階からあった。
という事です。

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