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2014年3月22日

5277 説教と説法について調べてみました。

untitled皆様、連休後半をいかがお過ごしでしょうか?土曜の診察を終わって、急に思い立って父の墓参りに実家に中央線に飛び乗って松本に戻りました。駅でタクシーに乗って実家に立ち寄り、母と父の墓参りをして実家に戻ったらちょうど夕飯時でありました。

説教と説法について調べてみました。昨日、母が孫娘にたいして「”お説教”があるから急いで帰らないで待ちなさい」といったところ、大学生の孫娘は「何か悪いことをしたのか?」と恐れたと言います。

このお説教は、お彼岸で檀家寺の住職が田舎の家を訪れ、お経を読んでから信者一家に正座を求めて10分程度の講和をすることを言います。

田舎ならではの季節の習慣ですが、最近「お説教」と言えば、上司に部下が注意を受けるという意味に転化していますね。私の妹は「お説教」ではなく、これからお坊さんの「説法」があるといえば誤解が生じなかったと言ったそうですが、はたしてその方が適切であったかどうか?

1)まずは説教(ウィキペディアより抄出):
説教(せっきょう)は、宗教の教義・教典を、その信者や民衆に、口頭で説き明かすこと。また、そこで話される内容そのものを指す場合もある。
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転じて、、堅苦しい教訓をいう場合もある(「親に説教される」など)。

本来の語義における説教の場面では、説教をする者(説教者、説教家)は、一般信徒や民衆よりも高度で専門的な教義・教典についての知識や見識を有する者であること、さらにそれをわかりやすく教え伝える能力に長けていることが期待される。

仏教においても説教は古来から行われてきたが、日本では「説教」「説経」両方の表記があり、法話とも称される。「説教」ないし「説経」の場合は、本来の法話の意味のみならず、芸能の一領域を意味することも多い。

ことばに抑揚をつけて行う説教(説経)は6世紀の仏教伝来以来、日本でも古くから行われていたとされる。(この後、説教節の歴史が説かれています)

次に説法(これもウィキペディアから):

説法は仏教において使われている言葉であり、僧侶や住職が聴衆に対して仏教についての事柄を説き聞かすことを意味する。「釈迦に説法」ということわざが存在しており、これは物事を知り尽くしている人に対して説いて聞かせるという無駄な行為に対する皮肉を表すときに使用されている。

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清澤のコメント:というわけで、説教という言葉は「目下の者に対して、教え導くために言い聞かせること」(その用法は「親に説教される」など)と紛らわしいので、「説法」(「釈迦に説法」という皮肉を含む用法はあるにしても)のほうがより分かりやすいという私の妹の指摘はある部分正しかったとも言えそうです。

untitledついでに:お彼岸とは・・・

「彼岸」はサンスクリット語の「波羅密多」から来たものといわれ、煩悩と迷いの世界である【此岸(しがん)】にある者が、「六波羅蜜」(ろくはらみつ)の修行をする事で「悟りの世界」すなわち【「彼岸」(ひがん)】の境地へ到達することが出来るというものです。

太陽が真東から上がって、真西に沈み昼と夜の長さが同じになる春分の日と秋分の日を挟んだ前後3日の計7日間を「彼岸」と呼び、この期間に仏様の供養をする事で極楽浄土へ行くことが出来ると考えられていたのです。

ちなみにお彼岸の期間は、

春彼岸 : 毎年3月の春分の日をはさんで前後3日合計7日間です。

というわけで、自覚してはおりませんでしたが、私の帰郷は時機を得たものであったようです。まだ間に合いますので、そのお気持のある方はお墓参りにまいりましょう。

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