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2014年3月11日

5246 東日本大震災から3年になる仙台に講演を聴きに行ってきました。

同級生が行う病診連携の会と言うものが仙台市で行われ、週末に仙台へ行ってきました。

仙台市立病院は長町駅の東に随分大きく建築でき、11月初頭に3日間の休院で移転できるそうです。当時の副院長だったK君は今は院長になり、その準備に忙殺されているようです。何回も引用して恐縮ですが、このメールは2011/03/12 (土) 23:14にK君が発信するも、送信元のアドレスがいつもと違ったため、メーリングリストは自動転送がされず、彼が機転を利かせて赤マーク付で私に送ってきたものです。

それに気が付いて、私がメーリングリストに流したのが2011/03/13 (日) 1:36のことです、つまり地震発生の翌日の真夜中です。

久しぶりにお会いできた方々も多かったのですが、私の同級生のほとんどすべてがすでに還暦を迎えました、東北地方の各地で今日も活躍しておいででした。塩釜の外科病院院長A君はその昔私が作った花瓶をまだ持っていてくれて、携帯でその写真を見せてくれました。

今回の招待講演は筑波大学で外科を担当している大河内先生の「肝臓がんと外科医の教育に関するお話」だったのですが、その紹介はさておき、時はあたかも東日本大震災から3年を迎えますから、当時を思い出すメールの紹介から始めましょう。(老人の繰り言です。その話はもう聞いたという方はスキップなさってください。)

第1信

「清澤先生、
いつもと違うメールアドレスから発信したら53会のメーリングリストにうまく流れません。メーリングリストにお手数ですが転送して頂けますでしょうか?

53会(東北大学医学部医学科53年卒の同級会)の皆様
地震2日目の夜を仙台市立病院で迎えました。既に400人を超える患者を受け入れてきましたが、現在もなお救急車(他県からの緊急消防援助隊)も含め収容依頼なしで搬入されてきています。仙台市内の死者もおそらく1000名を超え、宮城県内では1万人を楽に超すものと思います。夕方からは他県のDMAT(災害派遣医療チーム)2チームに当院に入ってもらい手伝ってもらっています。

病院はなんとか診療機能を維持し、電気は復旧、水道は給水車による優先給水、医療ガスは備蓄でやっています。市内の他院は電気が復旧しないため非常発電に依存しており重油の供給がいつ再開されるかがカギです。胸痛(ママ、共通の誤り)の問題点は、患者・職員の食料(備蓄もそれほど多くない。コンビニは長蛇の列)、薬品・診療材料の不足(卸が停電で機能せず、また壊滅状態となったところもあり、供給の見通しが立たず)等々です。

市立病院の建物にも一部被害があり、入室禁止箇所があるため入院患者数の制限を余儀なくされています。

医師・看護師をはじめco-medicalスタッフを含め、職員の疲労(被害者としての心理面を含め)を考慮しながら、できることをやるのみです。
N先生も元気です。

仙台市立病院 K」
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第2報以下は、昨年の別記事(⇒こちらでリンク)からご覧ください。

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