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2014年2月21日

5190 日輪にあらず軍師黒田官兵衛(上田秀人著)を読みました

黒田如水(黒田官兵衛) くろだ じょすいは、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将です。若年から小寺氏の家老として卓越した戦略眼で諸豪族に恐れられ、豊臣秀吉の側近・軍師として天下統一に大きく貢献しました。隠居後は息子・長政に支えられ、穏やかに過ごし、慶長9年3月20日、京都伏見藩邸にて死去しています。享年59歳。

織田信長を日輪に例え、諸将がその光にかすむ中、せめて月でありたいと願ったのが黒田官兵衛であり、50万石の黒田藩を作り上げた人です。

その名言を探してみると、「天下に最も多きは人なり。最も少なきも人なり。」と言う言葉も残しています。至言です。

また「大将たる者は、威というものがなければ万人を押さえつけることはできない。こしらえごとでいかにも威を身につけたように振舞ってみても、それはかえって大きな害になる。」、「そのわけはひたすら諸人から恐れられるようにするのが威だと心得て、威丈高になる必要もないのに目をいからせ、言葉を荒々しくして、人の諌めも聞かず、非があってもごまかすから、家老もだんだん諫言を言わなくなり、身を引くようになってしまう。このように高慢で、人をないがしろにするから、万民は疎み、家を失い滅んでしまうから、よく心得るべきである。」

「上司の威厳とは、部下を押さえつけることではない」というお話。まず自分の行状を正しくし、理非賞罰をはっきりさせていれば、叱ったり脅したりしなくても、自然に威は備わるものだ。という事だそうです。

また、部下の更迭については、「その職にふさわしくない者はすぐに処分したりするが、よく考えてみると、その役を十分に務めてくれるだろうと見たのはその主だ。目利き違いなのだから、主の罪は臣下よりもなお重い。」と厳しいことを言っています。「仕事のできない部下に責任はない。任命した上司により大きな責任がある。」と言う意味だそうです。

 この時代の武将の多くは50歳までに活躍を終え、60歳程度で没しているケースが多いようです。還暦と言うのは後継者を定め、その人への継代の必要な年代に差し掛かるという事なのでしょう。

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