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2014年1月10日

5084 小さいおうち/中島京子 を読みました。

5084 小さいおうち/中島京子 を読みました。
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映画館で予告編を見て、この本を購入し、本日までにほぼ読み終わりました。東京オリンピックがやってくると皆が信じ込んでいた昭和10年ころの東京、今の東京とダブって見えます。それは後の世の私たちが想像するような息苦しいものではなく、明るい戦前の昭和です。そんな時代の女中と呼ばれるひとから見た一人称の戦前東京の中流家族の切ない想い出です。

私の知っている戦後の昭和30年代でも、大家族の商家の中にはまだ「お手伝いさん」とか「ねえや」と名前を変えてはいましたが、家族ではない住み込みの女性がまだ居ました。とても懐かしい世界です。

小さいおうち/中島京子のあらすじと読書感想文(ネタバレ)⇒リンクを参考に抜粋してみます。

 戦前に山形から東京に出て平井家に女中として仕えたタキは、「奥様やぼっちゃんと過ごした日々には、わたしのたいせつな思い出がすべてつまっている」と、東京に出て女中として暮らした思い出を、ノートにつづった。

 14歳のタキは浅野家の女中として22歳の時子と、1歳半の恭一と出会います。夫の予期せぬ事故死で最初の結婚が短期間に終わった時子は、恭一とタキを連れていったん実家に戻り、昭和7年(1932年)の暮れ、時子よりも10歳年上で初婚の平井に嫁ぎます。

 平井家の赤い瓦屋根の洋館は、昭和10年(1935年)、東京の郊外に建ちます。時子は、モダンでハイカラに着飾る都会の中流階級の暮らしをし、タキは、洋館で階段の裏の2畳の部屋をあてがわれ、「奥様、わたし、一生、この家を守ってまいります」とまで口にします。

 平井家では、次のオリンピックは東京で決まりだななどという嬉しそうな会話が続きます。大正12年の関東大震災から復活を遂げていた東京は、華やかな都市としての繁栄を謳歌し、昭和10年(1935年)には、五年後にはオリンピック東京大会が開かれると、それこそ誰もが思っていました。

 昭和12年(1937年)に東京では南京陥落が盛大に祝われ、百貨店では歳末の大売り出しに加え戦勝セールが開催されます。銀座はたいへんな人出で賑わい、平井一家も南京陥落の戦勝祝いの提灯行列を見に出かけます。クリスマスが近づくころ、オリンピック東京大会の日程が正式に決定します。しかし昭和11年(1936年)夏、東京オリンピックの開催は返上になってしまいました。

 平井家では時子が小児麻痺を患った恭一の受験に夢中になっていました。小学校に入った恭一をタキは時子が出られない日には代わりに送り迎えをし、その家族の一員のようになていました。

 東京での平和な日々に、戦争の陰が着実に忍び寄ります。平井の玩具会社では、2年前に操業を始めた大工場を閉鎖し、長引く日中戦争の影響で金属が手に入らなくなっていました。世間はますます暗くなってゆきます。

 開戦までの重苦しい空気は、昭和16年(1941年)12月8日に、日本軍が真珠湾を攻撃したことで一気に吹き飛び、東京は、晴れやかな戦勝ムードで満ちあふれました。タキは、「ああ、始まるのだ。新しい時代が始まるのだ」と興奮します。

 しかしその後のこの世の結末は誰もが知る戦災と敗戦です。其処に向かうストーリーが連綿と展開されてゆきます。
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さて、この映画は25日に封切られます。

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