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2013年11月30日

4949 「患者さんとの訴訟トラブルを避けるために」:


演者のブログ「君の瞳に恋してる」と言う言葉でググると、まず出てくるのはこの曲です。良かったら曲を聴きながらお読みください。

東京都眼科医会の職員研修会で「患者さんとの訴訟トラブルを避けるために」と言う話を聞きました。

演者は関東中央病院の峰村健司先生。彼は13年目の眼科医ですが、様々な経歴を持っています。医療に関連した裁判に興味を持ち、研究日には裁判所などに足を運んで、医療裁判の不条理を調べているのだそうです。

 たとえば、彼が示した事例では、収監中の囚人が光凝固や硝子体切除を受けたにもかかわらず糖尿病性網膜症で片眼を失明したという事例があったそうです。この症例では刑務所での受診や診療の遅れが失明を招いたという国を相手取った裁判があり、判決では国の敗訴と言うことであったのだそうです。

 眼科医にとっては、網膜症が発症するような糖尿病であれば、治療の適否に関わらず残念なことではありますが失明に終わることはまれではありません。しかし、被告(この場合には国)の弁護人が案件の要点を把握して正当に説明することが出来ず、また担当する裁判官も事態の本質を見抜くことが出来る見識を持たっていないと、後から見れば勝てるはずの裁判で負けるという判決が出てしまうこともあるということでした。(脚注1)

 では、我々治療者が無用な民事裁判に直面するのを防ぐためにはどのような準備が必要であるのか?その答えは「こんなはずじゃなかった」と患者さんに思わせない様にすることだそうです。

1)病名と病状、2)その治療の選択肢、3)行おうとする治療のメリットとデメリット、4)その治療を受けなければどのようなリスクがあるか?を説明しなくてはいけないそうです。そして「安易に安心させずそれなりの覚悟をさせるべきであり、ありうる悪い結果を知らせる必要がある」といっておいででした。

694d 峰村健司 @minemurakenji
「昔は、治療には危険がつきもので、ダメだった場合には諦めるという常識があったため、医師も1%の危険を語る必要がなかった。例えば手術後の家族の第一声は「成功しましたか?」だった。今はその常識がなくなったため、治療はバクチだと覚悟させる必要がある。説明義務の裁判所判示は的外れではない。」:とのこと

そこで今日の話を聞いてメモすべき注意点を2つ最後に挙げておいででした。

1)説明では「~と思います」と言わない。たとえば散瞳する場合、「30分でお呼びできると思います」ではなくて、「30分でお呼びできるかもしれませんが、もっとかかるかもしれません」でなくてはいけない。

2)悪いほうに当たる可能性があることを伝える。つまり、治療を受けるには「覚悟が必要であることも含めた説明が必要」とのお話でした。

ちなみに峰村先生のブログ「君の瞳に恋してる眼科」はこちら⇒リンク (脚注2)

頁を開いてみると眼科説明書集も役立ちそうです。(⇒リンク

注1)裁判に証人として立つ医師が「その因果関係も否定できない」という場合想定している可能性は1%程度、しかし裁判官がその言葉を聞いて想定する寄与率は30%程度と全くずれているという意味の記述が、彼のページの別の部分にはありました。なるほどと思いました。

注2)有名な福島県の産婦人科で起きた大野事件の被告医師をその病院に派遣する立場に立ってしまい、被告弁護の論陣を張った当時の福島県立医科大学の産婦人科教授は東北大学で授業を受けた先生、また仙台の精神科病棟で起きた事件の証人に立ったとして峰村先生のページで紹介されているM医師は東北大学の同級生、訴訟が身近な人々にも影響を与えていることも実感しました。

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