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2013年11月10日

4886 『むかしゴルコンダにて』を読み直すなのだそうです。

71FA0C9H0KL__SL160_やや古い記事なのですが、垂直に騰がりはじめたゴールド 『むかしゴルコンダにて』を読み直す (2011年08月20日22:59) と言う記事がマーケットハケットに出ています。これを読みますと、本日でもまだ世界経済の問題は解決してはいないということになりますか?

通貨流通量を増やしてインフレに誘導し、オリンピックも招致を決め、て株価も高いというアベノミクスの日本にも共通するものが感じられます。

Once in Golconda: A True Drama of Wall Street 1920-1938 (Wiley Investment Classics)著者:John Brooks 販売元:John Wiley & Sons (1999-09-21)この本に邦訳はないようです。

広瀬隆雄さんによると「1920~30年代のウォール街を活写した古典に『むかしゴルコンダにて』という本があります。同書はまるで琥珀色に褪色した当時のニュース・リールを見るような、美しく、そして哀しいドキュメンタリーです。と言うことで、とても長いので清澤はその要点を此処に拾います。


Golconda Fort in Hyderabad (動画は現在のゴルコンダ)

大統領就任式の前日、フランクリン・D・ルーズベルトの旧友がルーズベルトに金融危機に関して余り性急な政策に走らないように嘆願する電話をした。ーーしかしルーズベルトはこれを無視し、4日間に亘る「銀行休業日」を宣言した。「ニュー・ディール」政策の立案者たちは駄目もとでそれを考案したにもかかわらず、ウォール街は早くも「ニュー・ディール」に高い期待を寄せていた。

ウォール街は兎に角、救世主を求めていた。ーーこの盲信的な態度はルーズベルト政権の「称賛の100日間(Celebrated first one hundred days)」の間中続いた。そしてこの期間に新政権は前例の無い大胆な政策を次々打ち出した。

8日間の休場の後、3月15日にニューヨーク証券取引所が市場再開した際には大引けまでにマーケットは15%も暴騰した。こんな強気相場はブームの真っ只中だった1920年代を通じても一度も無い。場立ちは早くも「ルーズベルト相場」を言い始めた。その後も週をおうごとに1920年代のブーム時代が戻ってきたようだった。この伝染しやすい楽観論の出所はルーズベルト新大統領に他ならない。こうして7月までには株式市場は就任演説の日から2倍に上昇していたのである。

しかしこの熱狂的な期間にウォール街では不思議な現象が起こり始めた。その現象とは「マネー」、つまりドルそのものの価値が揺らぎ始めたことだ。金本位制度の大原則が停止されたためにドルは投機家たちの玩具にされる羽目に陥る。4月になるとアメリカ西部で農作物の価格は1926年頃の水準の4割程度まで落ち込み、その結果、農民がローンを返せず(デフレ)大勢の農民が家を追われた。

議会ではインフレ政策を推進せよという議論が熱を帯び、大統領が自由な判断でどしどしドル紙幣を刷れるようにすべきだという議員立法が提出された。それは財務上の無政府状態を意味する。その可決はゴールド・スタンダードの死を意味していた。

4月18日にルーズベルトはホワイトハウスで開いた閣議で、集まった閣僚たちに「わが国は金本位制から降りることにした」と宣言した。 閣僚たちはその「爆弾発言」に驚き、アドバイザー達はドイツの労働者の昼飯代が一日で60万マルクから次の日には150万マルクに暴騰した例などを懇々と説明した。ルーズベルトは閣僚たちの狼狽振りに内心愉快になったが、クールに振る舞い、金本位制離脱の考えに揺るぎは無いことを示した。

ひとたびアメリカが金本位制度を離脱すると発表したらニューヨーク株式市場の反応はすさまじく、マーケットは急に値を切り上げて行った。ドルの価値が安くなるわけだから、減価する紙幣を避け、なるべく早く別の資産にシフトする必要が出るのだ。

さらにJ・ピアポント・モルガンが「私は大統領の取った金本位制離脱の決断を支持する」という声明を出した。これにより金本位制離脱の正当性は即座に受け入れられた。イギリスとフランスの通貨当局はショックを受けたが、こうしてドルは「投機の対象」に成り下がった。
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