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2013年11月10日

4883 島倉千代子さん逝去

来訪者が多い記事と思って見直しました。命日だったのですね。動画も再生できるものに差し替えます。亡くなったのは2013年11月8日でした。

2018,11,09(清澤追記)

 

昭和歌謡を代表する歌手、島倉千代子さんが8日目黒区の東京共済病院で逝去されました。その経歴には彼女に迷惑をかけた一人の眼科医が出てきます。そのころ、移動バスを使って銀座で診療をしているといった週刊誌の記事を私も見た覚えがあります。

1961年、23歳、ファンの投げたテープが目に当たって失明寸前のダメージを受ける。このとき、東京五反田「守屋眼科」の医師・守屋義人の助けで視力を回復。

1977年、島倉に信頼され手形を裏書されていた守屋義人が事業に失敗して不渡り手形を出し蒸発。借金の連帯保証人になり、これにより島倉は2億4000万円(当時判明分)の債務を負う。数億もの借金返済のため、写真集の発売、キャバレー回りなどをしながら、足掛け7年程で完済した。このような活動をしている最中でも島倉の人気は衰えを知らず、NHK紅白歌合戦の連続出場記録は続く。

その教訓としては、
1)美空ひばりが島倉に与えた「実印は貸すな」という注意か、
2)眼科医ならば本業以外に手を広げるような無理はするなと言うことでしょうか。

ーー記事ーーー
島倉さん借金15億円、地方のキャバレーで歌い完済

 昭和歌謡を代表する歌手、島倉千代子(しまくら・ちよこ、本名同じ)さんが8日午後0時半、肝臓がんのため東京・目黒区の東京共済病院で死去。島倉千代子さんは、人の良さから信じていた人に裏切られ、億単位の借金を抱えたこともあった。しかし、決してほほえみを忘れない前向きな人生でもあった。

 最初の借金肩代わりは1963年に結婚した阪神の選手だった藤本勝巳さん(76)の約6000万円。結局は離婚し、70年代にはマネジャーの分を背負ったほか、眼科医の借金の保証人になり、借金総額は約6億円にものぼった。

 その眼科医とは島倉さんが62年7月、川崎市の劇場でファンの投げたテープで目をけがした際に治療を受けて知り合った。失明の危機を救ってくれた恩人でもあった。借金を背負った際、姉と慕う美空ひばりさんから「他人に実印は貸すな」とたしなめられてもまた貸して、連帯保証人になることを繰り返した。

 それでも、地方のキャバレーやクラブで深夜まで歌い、90年には利子を含め総額約15億円を返し終えた。都内で借金返済会見を開いた際、自分を裏切った相手を恨む言葉は一切なく、「責任を果たしてスッキリしています。これからする借金は自分のためにしたいですね」と笑顔で語った。

 責任を一身に背負い、借金返済の喜びをその後の歌手人生につなげた。その潔さもヒット曲「人生いろいろ」の持ち味を深める結果となった。

(紙面から)

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