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2013年9月27日

4761 「モネ、風景をみる眼」展

「モネ、風景をみる眼」展 2つの「舟遊び」から ポーラ美術館 が紹介されていました。)。充実したモネのコレクションを誇る2館が初めて共同企画した「モネ、風景をみる眼(め)」展がいま、ポーラ美術館で開かれていて、年末には国立西洋美術館に巡回するそうです。一貫して風景に注がれたモネの「眼」の軌跡をたどるということなので今日の眼の話題です。

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「モネ、風景をみる眼」展 2つの「舟遊び」から ポーラ美術館
2013.9.5 07:29

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クロード・モネ「バラ色のボート」 1890年、ポーラ美術館

「睡蓮」へ続く水の表情

 実業家、松方幸次郎(1865~1950年)が晩年のモネから譲り受けた絵画を有する国立西洋美術館(東京都台東区)と、国内最多のモネ作品19点を収蔵するポーラ美術館(神奈川県箱根町)。充実したモネ・コレクションを誇る2館が国立、私立の枠を超えて初めて共同企画した「モネ、風景をみる眼(め)」展がいま、ポーラ美術館で開かれている。マネやコロー、ゴッホやピカソまで、同時代の表現を踏まえつつ、一貫して風景に注がれたモネの「眼」の軌跡をたどる試みだ。(黒沢綾子)

 「いつかこの2点を並べてみたいと思っていたんです」とポーラ美術館学芸課長、岩崎余帆子(よおこ)さんが感慨深げに紹介してくれたのは、モネの「舟遊び」(国立西洋美術館蔵)と「バラ色のボート」(ポーラ美術館蔵)。1883年にパリの北西約70キロの村、ジヴェルニーへ移り住んだモネは、セーヌ川支流のエプト川での情景を好んで描いた。舟の上の人物は、後に2番目の妻となるアリスの娘、シュザンヌとブランシュだ。

 実は80年代前半から半ばにかけて、モネはほとんど人物を描くことなく、風景画における光や色彩の効果に関心を寄せていった。再び人物が画面に登場するのは80年代後半。「舟遊び」を描いた87年、モネは友人の批評家に〈風景を描くように戸外の人物を描こうという難しい試みを行っている〉と書き送っている。背景には一つの時代の終焉(しゅうえん)があった。

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 前年、最後の印象派展(第8回)が開かれ、モネは不参加だったが、新印象派のスーラがセーヌ川の中州で夏の一日を過ごす人々を点描法で描いた「グランド・ジャット島の日曜日の午後」が話題をさらった。

 「印象主義を乗り越えようとする新しい表現の台頭、そして風景と人物を融合させようとする他の画家たちの試みに、モネも刺激を受けたのではないか」と岩崎さんはみる。

無題
 モネの2点に戻ろう。いずれも舟を画面上部に配置し、右の舳先(へさき)は大胆に断ち切っている。そして、モネが描く人物はいつもそうだが、娘たちの顔はあいまいだ。「個性や感情を示すことなく、風景を構成する一要素として扱われている」と岩崎さん。

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 「舟遊び」の“主役”はむしろ、水面に映る空と雲、波に揺らめく人物の影だろう。さらに3年後に描かれた「バラ色のボート」では、その影も朦朧(もうろう)となり、水面のうねりが強調されている。同時に、モネの視線は水の奥へ奥へと分け入り、底に揺らめく水草までとらえてゆく。

無題 光や大気と同様、移ろいゆく水の様相を描く表現は、1897年ごろから始まった「睡蓮(すいれん)」の連作へと結実していった。モネは自宅の庭に睡蓮の池をつくり、当初は日本風の太鼓橋がかかる風景なども描いていたが、徐々に画面から水平線が消えてゆく。

 流れる雲も、柳の揺らぎもすべて水面が受け止める。モネの画面は鑑賞者を無限の深み、広がりへと誘い込む。そして、その眼は日本人の無常観とも違う、自然や命のダイナミズムをとらえているようだ。

 ポスト印象派の画家、セザンヌの有名な言葉を思い出す。「モネは眼にすぎない。しかし何と素晴らしい眼だろう」

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 11月24日まで。会期中無休。一般1800円。問い合わせは(電)0460・84・2111。国立西洋美術館に巡回する(12月7日~平成26年3月9日)。

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