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2013年9月15日

4723 リーマンショックの時に三菱東京UFJ銀行がモルガンスタンレーを救った顛末の記事

今日の日本経済新聞には三菱東京UFJ銀行がモルガンスタンレーを救った顛末が出ています。
リーマンブラザースの破綻が2008年9月15日。
21日にはその意味合いは良く解りませんが、FRBがゴールドマンとモルガンの銀行転換を承認します。
22日には要請を受けた三菱東京UFJ銀行がモルガンへの出資の方針を発表しますが、
25日にいたって、米国は記入安全化法案を否決し、ニューヨークダウが更に急落します。
10月3日になって漸く米金融安定化法案は成立しますが、株価は下げ続けます。
10日G7は「記入破たん回避にあらゆる手段を取ること」を確認しますが、40ドル程度であったモルガンの株価は更に10ドル付近まで続落します。
12日米国政府は大手9銀行に資本注入を決定して発表。
13日には落ちて来るナイフを手でつかむと表現される決意で三菱東京UFJ銀行がモルガンに90億ドル(全株式に20%)という巨額の支援を行ったという流れだそうです。

清澤のコメント:
さて此の2008年9月15日から12月の清澤眼科医院通信の記事を拾ってみます。
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9月15日にはパスモとスイカが当医院で使えるようになるという記事を出していました。
「今回、電子マネーとしては2008年6月に最大手に躍り出た交通系のパスモとスイカが使用可能になりますと、利用に当たってのサインも不要ですから支払いには一層利便性が増すと考えました。しかし、このシステムの導入はなかなか難しいです。一年がかりでここまでめどが立ちましたが、東京メトロは構内売店以外には取次しませんし、カード会社も扱っててはいません。交渉相手が見つかっても、法務省で発行する法人登記の写しまでが必要でした。」と当時はその早い導入を自慢しています。

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このころの医院通信の訪問者数累計は36万4000件、8月26日970人でした。現在は累計が30万で、1日の来訪者は2500、ページビューで3500程度と更に増えています。此の週には長期パート職員の募集がなされていて、9月30日には、今も働いてくださっている大門さんの入職が決まったと記載しています。

7ed3122c-sこのころ、当医院と同じ新砂3丁目内の大きなショッピングセンター、スナモが開業しました。ハロウィーンを控えたディスプレーなどがきれいです、と紹介していました。

3f16a5bf2008年10月には◎第62回日本臨床眼科学会が東京フォーラムで22日から26日まで開かれまていました。臨床眼科学会のシンポジウム”眼瞼と神経眼科”で、”眼瞼痙攣治療を成功させる10のコツ”を話し、インストラクションコース”打倒、不明愁訴、不定愁訴その6、ぼやけて見えるの意外な結末”も分担しましていました。

11月には”緑内障の視神経と視路の変化をPETとMRで調べる”というプロジェクトが東京都老人総合研究所で2009年から始められることを予告していました。。眼瞼痙攣研究のときのように当医院でも何人分かのスロットを分けていただき、希望者には疾患の有るボランティアとしてPETとMRを無料で受けていただこうという計画でした。今年(2013年)その一部はすでに発表出来て、村井秀樹医師の学位論文になりました。今その最終的な結論部分の論文仕上げが進んでいます。乞う御期待。

2008.11.21 ヘッドラインでは近況として、船井総研の高野さんの企画での当医院職員からの聞き取り調査が本日開始されました。この調査には新砂薬局に面接会場を提供していただきました。同時に患者さんからの大きなアンケート調査も行ったはずです。初めての患者分布地図を作ってもらったのもこの時かと思います。

12月には2008年清澤眼科医院の10大ニュースを掲載していました。
2008年12月17日 清澤眼科医院2008年10大ニュース
「12月16日の医院忘年会に合わせて今年の10大ニュースを考えてみました。

1、 清澤眼科医院では患者数で開院以来約400例に及ぶ多数のボトックス治療を行った。

2、 神経眼科学会の教育講演と臨床眼科学会でのシンポジウム講演及びインストラクションコース発表をした。“眼瞼痙攣を治す10のコツ”をまとめた。その準備にはORT神谷さんと大学院生チン先生が力を発揮した。

3、 “目と視覚の不明愁訴、不定愁訴“の本の続巻が秋に金原出版から出版された。

4、 パスモでの診療費の決済が出来る様になり、単独の医療関係機関では初めてであるということで、京浜急行からプレスリリースが出され、翌日の新聞にも話題を提供しました。

5、 ほぼ毎日のペースで清澤眼科医院通信を書くことができた。

6、 毎週水曜日午後の東京医科歯科大学神経眼科外来のコンサルテーション医師と、順天堂江東高齢者医療センターでの手術への参加を続けることができました。(当時は毎週2度手術室に通っていたことが解る。)

7、 深志清流会としての法人化後初めての通年決算を9月末に出すことができた。

8、 4月に視能訓練士の小野寺さんと9月に事務に大門さんを新たな医院のスタッフとして迎えることができた。

9、 連日の2医師による診療体制が確立でき、患者さんに対するゆっくりとした説明と通常の患者さんに対する素早い対応の両者をともに実現できた。(此の時はまだすべての駒が2人医師体制ではなかった)

10、 当医院では患者さんを紹介する形で最先端の画像診断技術ポジトロン断層法PETも診療に取り入れている。PETを通じて東京医科歯科大学の研究にも、当医院は協力している。」

11月には、院内の問題点を探ろうと船井総合研究所高野氏による職員の聞き取り調査なども行われて、いくつかの懸案が抽出されていました。その調査をお願いしたということはそれなりの危機意識はあったのだと思います。この後も世界及び日本経済の変調を受けて患者数の減少は2009年前半まで続いたのですが、清澤院長はそのあたりには敢えて言及しなかったのか?当時の清澤眼科医院通信を見ますと少なくとも悲観的になってはいませんでした。
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今年もあと3か月半です。もう一つ二つの動きが年末まで続きそうです。

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