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2013年8月21日

4670 ミュージカル「ドリームガールズ」を見てきました

 子供の夏休みも今週いっぱい。今日も大雨が降って居ましたね。
さて今日は、大学病院での神経眼科外来の後、ブロードウェイの大ヒットミュージカル「ドリームガールズ」の本物を渋谷で見てきました。
 モータウンというレーベルによってブラック・ミュージックが白人文化へと広く浸透していった60年代から70年代のアメリカ音楽シーンを背景に、女性ボーカル・グループが辿る波瀾万丈のサクセスストーリーを華麗に綴ると言うことで。

 1962年、アメリカの自動車産業の中心地、デトロイト。エフィー、ローレル、ディーナの3人は音楽での成功を夢見て“ドリーメッツ”というグループを結成し、新人オーディションへの挑戦を繰り返していた。中古車販売会社のカーティスはそんな彼女たちに大きな可能性を見出し、マネジメントを買って出る。そして、地元で抜群の人気を誇るジェームズ・アーリーのバック・コーラスに抜擢されると、彼らのパワフルなステージはデトロイトのみならず全米中の注目を集め、一躍スター街道を歩み始めるのだったが…。

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清澤のコメント:ショービズ(ショービジネス)の世界のお話。

決め台詞は再会したエフィーが恋人とドリームガールズのトップの座を奪ったディーナに伝える「人生そう悪いものじゃない。目を開いてよく見てご覧」という言葉でした。

もう少し調べてみますと、ドリームガールズのモデルになったのはシュープリームスのメンバー。劇の役名と元のシュープリームスのメンバーとを対照してみると。

映画での劇中名=モデルになったシュープリームスのメンバーで示されていました。

ディーナ========ダイアナ・ロス
エフィー====フローレンス・バラード
ローレル======メアリーウィルソン

ご存知のダイアナ・ロスはその後、ソロ歌手として成功しています。じつに残念ですが(歌唱力ではダイアナ・ロスに勝った)フローレンス・バラードは実際にはグループ脱退後、アルコール中毒になり、音楽界に復帰はするものの、レコードは売れず、失意のうちに32歳で亡くなったということ。

そしてメアリー・ウィルソンはその後、ドリーム・ガールズの原作の元となった自伝“Dreamgirl: My Life As a Supreme”を書き、ベストセラーになったと言うことでした。

と聞けば、ダイアナ・ロスの動画も見たいでしょう。どうぞ。

 日本で本格的なミュージックを見るのは初めてでしたが、米国留学時代にはフィラデルフィアから土曜か日曜にはニューヨークのブロードウエイまで車を飛ばして日帰りで行ったものでした。今から30年も前のお話です。

ついでに「モータウン」とは? モータウン(Motown;Motown Records)とは、アメリカ・デトロイト発祥のレコードレーベル。自動車産業で知られるデトロイトの通称、「Motor town」の略。(先日確か破産しましたよね。)1959年、ベリー・ゴーディ・ジュニアによって設立、ソウルミュージックやブラックミュージックを中心に据えて大成功した。1972年には本店をロサンゼルスに移転、1993年よりニューヨークに本店を構えている。2011年より現在はユニバーサル・ミュージック・グループの一部門。とのこと

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