お問い合わせ

03-5677-3930初診受付

ブログ

2013年8月18日

4662 松本市美術館;常設展 草間彌生

kusama_maboroshinohana-thumb-320x212-71
松本市美術館は玄関から草間彌生一色。この美術館の看板は極彩色の巨大なチューリップのモニュメント。草間彌生とは関係ないのですけれど、この作品を見るたびに思い出すのがひょっこりひょうたん島の人喰い花デンドロ・パクパク:

「人喰い花デンドロ・パクパクがタムレの村を襲う。医師ムマモメムのアイディアでパクパクをかためるために必要な餅をトラヒゲ倉庫へ取りに行く決死隊が結成される。メンバーはギャングのダンディ・博士(声:中山千夏)・海賊トラヒゲ・酋長。四人は血路を開いて倉庫にたどり着くも、パクパクは倉庫まで襲いはじめる。そこでパクパクにトラヒゲのプラスチックのオモチャを食べさせると、パクパクはプラスチック造花になってしまった。、、、(探したが当時の画像が見つからない)

event03-01市内の循環バスタウンスニーカーも水玉模様。
草間彌生が手がけた走るアート「クサマバス《水玉乱舞》号」草間彌生の故郷・松本の街を駆け抜ける。 運行コース/松本周遊バス タウンスニーカー(松本電気鉄道株式会社) 東コース(JR松本駅から城下町や松本市美術館等を周り、駅に戻る)

草間彌生の水玉模様は統合失調症の幻覚を表したものとも言われているが、勝手な解釈として「光過敏性てんかん」ではなかろうか?派手なアクションシーンなどで多用される閃光などが刺激となって起こるものが、「光過敏性てんかん」、木漏れ日や波光のきらめきなどが、発作の引き金になる。この水玉模様はいかにも視覚刺激で誘発される癲癇を引き起こす模様の連続。

7932e365 繰り返す眼も草間彌生のお得意のモチーフでした。

最も代表的なのは黒い斑点が連続する黄色いかぼちゃ。鏡の部屋では左右に平行な鏡を置いてあり、自分は一人にしか見えぬが連れが30人以上にリピートして見えるインスティレーションが印象的。
無題

ーーwikipediaから来歴の抜粋ーー

松本駅近くで種苗業を営む裕福な家に生まれ、幼いころから草花やスケッチに親しむ。その一方、少女時代より統合失調症(医学博士西丸四方が診断)を病み、繰り返し襲う幻覚や幻聴から逃れるために、それら幻覚や幻聴を描きとめる絵を描き始める。草間は現在に至るまで水玉(ドット)をモチーフに制作する事が多いが(ドット・ペインティング)、これは彼女が恐怖する幻覚や幻聴から身を守るために、作品全体を水玉(ドット)で埋め尽くす儀式でもある。

1945年(昭和20年)、松本高等女学校(現:長野県松本蟻ヶ崎高等学校)を卒業後、京都市立美術工芸学校(現:京都市立銅駝美術工芸高等学校)の4年生最終課程に編入して日本画を学び、翌年卒業。後に役立つ絵画技法を身につけるが、旧弊な日本画壇に失望。松本の実家へ戻り、寝食も忘れ毎日数十枚以上を描き、没頭する。

1952年(昭和27年)、地元の松本市公民館(旧:松本市公会堂)で2度の個展を開く。精神科医西丸四方博士と著名な美術評論家瀧口修造は、その後よき理解者となった。

1957年(昭和32年)に渡米。活動の中心をニューヨークに置く。絵画のみならず男根状のオブジェを既製品にはりつけた立体作品やインスタレーションを始め、ハプニングと称される過激なパフォーマンスも実行、1960年代には「前衛の女王」の異名をとった。平和・反戦運動にも携わる。1968年(昭和43年)、自作自演の映画『草間の自己消滅』が第4回ベルギー国際短編映画祭に入賞。

1973年(昭和48年)、親友でパートナーのジョゼフ・コーネルが死去。草間は体調を崩し日本へ帰国。1978年(昭和53年)、処女小説『マンハッタン自殺未遂常習犯』を発表、1983年(昭和58年)、小説『クリストファー男娼窟』小説家としての活動も行っている。少女時代の幻視体験をモチーフにしたものもある。
2009-04-07-185215
草間の活動が再び活発になったのは1990年代初頭。2009年にはauのiidaブランドの端末をプロデュース、2012年にはルイ・ヴィトンとの共同コレクションを発表するなど商業分野での活動も盛んに行なっている。2013年現在、初の個人美術館が東京都新宿区で建設中であり、2013年中に完成、2014年の開館を予定とのこと。
ーーーーーーーー
618tXxGZQQL__SL500_AA300_

清澤のコメント:直接に彼女を知らない私たち以下の世代には大芸術家と言われると「そうなのかー」と思えてしまうのですが、母たち学生時代からの彼女を同級生として知る地元民には旧来の価値観の中にとどまることを良しとしなかった彼女に対しての感情は複雑な物のようでした。おそらく草間彌生さんの故郷に対する感情も郷土愛一色ではなさそうです。

Categorised in: 未分類