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2013年8月11日

4637 終戦のエンペラー:を見てきました

無題
 終戦のエンペラー:を銀座の映画館で見てきました。驚いたことにニュージーランドで撮影されたアメリカ映画です。映画館は嘗てのGHQ(連合国最高司令部)とも眼と鼻の距離です。
 終戦の8月15日も、今日の様に晴れ渡った暑い日であったと聞いています。(一方、秋田新幹線は今日も大雨で運休とか。帰省を断念した方もおいででしょう。)

daiitiseimei かつてGHQが置かれたのは馬場先門前のお堀端にある第一生命ビルであって、この建物は激しい爆撃に耐えられるような構造に作られたとか、またこの界隈は敢えて米軍による爆撃もされないで残されていたとか、聞いていました。しかし、日本を占領した米国を中心とする連合国軍と皇居との距離がメンタルにこれほどまでに遠かったとは思ってもみませんでした。私はてっきり、占領軍ですからマッカーサー元帥が昭和天皇を当たり前のこととしてGHQに呼びつけたのかと思っておりました。天応が行幸したのは虎ノ門のアメリカ大使館だったのですね。

 マッカーサーが「我々は占領者ではなくて解放者として日本にやって来たのだ」というあたりは、確かにアメリカ側にはその思いもあったのでしょうけれど、この映画がアメリカ映画であるということをも象徴していました。

 一方、出演する日本人の諸俳優は日本における天皇と日本の国民感情のありようをエキゾチックに説明して見せ、確かに当時の日本人にはその思いもあったのでしょうけれども、日本人の戦いに対する考え方を、無難かつ日本固有なものとして説明しようとしたあたりに多少の不満も残りました。

終戦記念日を向かえるにあたって、日本人として見ておいていただいてもよい映画ではあろうと思いました。、
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終戦のエンペラー Emperor

監督 ピーター・ウェーバー(英語版)

原作 岡本嗣郎
『陛下をお救いなさいまし 河井道とボナー・フェラーズ』

上映時間 107分

『終戦のエンペラー』(しゅうせんのエンペラー、Emperor)は、企画奈良橋陽子、監督ピーター・ウェーバー(英語版)による2012年のアメリカ合衆国の歴史映画。第二次世界大戦終戦直後の戦後処理を史実を基に、フィクションを交えながら描かれる。主要撮影はニュージーランドで行なわれた。日本国内の撮影もされ、映画としては初めて、皇居敷地内での撮影を敢行している。

制作の経緯

宮内省職員として働いていた関屋貞三郎を祖父に持つ奈良橋は子供の頃から戦中戦後の事について祖父から聞いており、その影響でさまざまな資料を調べる中でボナー・フェラーズに目を留め本企画を立ち上げると、日本にいた経験もあるデヴィッド・クラスに持ち込む。初映画化となる占領下の日本と言う設定に魅了され、ゲイリー・フォスターやラス・クラスノフ、野村祐人も制作チームに参加が決まった。

フォスターは心理描写を膨らませるため脚本家ヴェラ・ブラシを招き入れる。歴史コンサルタントのペドロ・ロウレイルからも、アドバイスをうけ、さらにイギリス人のピーター・ウェーバーを監督に迎える。制作側はウェーバー参加について「作品に客観的な視線が加わった」と述べている。ウェーバー自身も日本の歴史を知っていたが、本作を「歴史の隅に追いやられた出来事」と考え、映像化に夢中になって制作に没頭し、調査のために何度も来日した。

あらすじ

1945年8月30日、GHQ最高司令官ダグラス・マッカーサー(ジョーンズ)が日本に上陸し、アメリカによる本格的な日本統治が始まる。マッカーサーは戦争犯罪人の一斉検挙とその戦争犯罪を裁くため、活動を開始するが、皇室、特に天皇(片岡)に対する戦争犯罪の有無の立証と、天皇が逮捕・処刑された際の、日本国民への影響を考慮していた。

マッカーサーの命を受け、知日家のフェラーズ准将(フォックス)は調査を開始するが、彼自身も開戦前、大学時代に知り合ったかっての恋人あや(初音)の安否を気に掛けていた。10日間という短い制約時間の中でフェラーズは、東条(火野)、近衛(中村)、木戸(伊武)、関屋(夏八木)ら容疑者、関係者から聴取を行い、開戦に至る隠された真実と終戦における天皇の役割を暴いていくが、天皇が戦争に関与していない証拠を得ることができない。

天皇への戦犯容疑を晴らしたいフェラーズだが、具体的証拠の無いまま最終調査報告書をマッカーサーに提出する。やがて、調査書を読んだマッカーサーは、天皇の人物像を見定めようと、フェラーズに天皇との面会を設定するよう命じる。
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