お問い合わせ

03-5677-3930初診受付

ブログ

2013年8月4日

4615 風立ちぬ:見てきました

設計した「ゼロ戦は一機も帰ってこなかった」と映画の中で堀越が独白します。飛行機設計の心の師であるイタリア人のカプローニ伯爵(ジャンニ・カプローニ伯爵(Giovanni Battista “Gianni” Caproni)は、「国を滅ぼしたのだから」と夢の中で堀越に語りかけます。また別の夢では「飛行機設計者の寿命は10年」とも語りかけます。
220px-Gianni_Caproni_francobollo

三菱の飛行機工場で出来上がった試作機は、試験飛行を行う各務原の飛行場までそっと運ぶためにトラックではなくて牛にひかせる荷車で運ばれていたというエピソード。日本の後進性の象徴ばかりであったのではないのかもしれません。

458f
軽井沢のホテルで話しかけてきた良い印象のドイツ人の紳士は、有名なソ連のスパイであり、近衛内閣内閣嘱託であった尾崎秀実などから得た日本の情報、を「日本はナチスドイツと組んでいるが、当面はソ連と戦争するつもりはないからレニングラードなどの西部戦線に戦力を集中してかまわない」とモスクワに流していたとして後に逮捕されたリヒャルト・ゾルゲがモデルである。にほんではともかく、当然ソ連では切手になるほどの英雄。

彼の個人的な生活において、療養していた結核サナトリウムから恋人に会うために抜け出してきた女性が実在していた事実はなく、堀辰夫の「風立ちぬ」からの借用。堀越の家族はこの脚色を許容したとされる。

「風立ちぬ」「いざ、生きめやも」の原語が美しかった。イタリア語ではなくてポール・バレリーのフランス語の詩。堀辰雄の訳、「風立ちぬ、いざ生きめやも」

注:(ウィキペディアを見ますと、)ポール・ヴァレリーの詩⇒『海辺の墓地』⇒全文の一節“Le vent se lève, il faut tenter de vivre”を、堀辰雄が訳したものである。

「風立ちぬ」の「ぬ」は過去・完了の助動詞で、「風が立った」の意である。「いざ生きめやも」の「め・やも」は、未来推量・意志の助動詞の「む」の已然形「め」と、反語の「やも」を繋げた「生きようか、いやそんなことはない」の意であるが、「いざ」は、「さあ」という意の強い語感で「め」に係り、「生きようじゃないか」という意が同時に含まれている。

ヴァレリーの詩の直訳である「生きることを試みなければならない」という意志的なものと、その後に襲ってくる不安な状況を予覚したものが一体となっている。また、過去から吹いてきた風が今ここに到達し起きたという時間的・空間的広がりを表し、生きようとする覚悟と不安がうまれた瞬間をとらえている。ーーと説明されておりましたが?

Categorised in: 未分類