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2013年3月8日

4144 東日本大震災の眼科医療支援活動で大活躍した『Mission Vision Van』を模して新バンが誕生

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早くも震災から2度目の3月11日がめぐってこようとしています。
こんな時に、東日本大震災の眼科医療支援活動で大活躍した『Mission Vision Van』を模した、日本製の眼科医療支援車両『ビジョンバン』が完成した事が報じられています。そのビジョンバンについての活動内容が、ビジョンバンのホームページに紹介されています。
これを拝見しますと、宮城県を中心に、東北地方各地いろいろな場所で活動が予定されている様です。「うちの地元にも来て欲しい!」というご希望がございましたら、ビジョンバン事務局までご連絡くださいとのことでした。
http://www.visionvan.jp/index.html

577953_438422066238547_1856547481_n(秋田の吉冨教授撮影の写真です。お披露目会が岩沼市の竹駒神社で有ったんですね。)

本日の東京都眼科医会学術部委員会でもこのバンの話題が出て、東京都眼科医会が社会に対する啓発活動をする際に、この車両を借りてきて、市民に見学できるようにすれば社会的な反響は大きいのではないか?という意見が出ておりました。今後は学術部から宮城県の事務局に対するその交渉が行われることになるでしょう。そのビジョンバンの装備が実際に見られるのも楽しみなことです。

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ビジョンバン物語
2011年3月11日の東北太平洋沖地震の災害の大きさに、多くの人々が驚き、悲しみ、世界各国からも支援の声が寄せられた。

現地の医療支援活動に赴いた慶應義塾大学医学部眼科の坪田一男教授は、その想像を絶する光景を目の当たりにして、帰京後、親しく交流のあったマイアミ大学Bascom Palmer Eye InstituteのEduardo C. Alfonso先生と電話で話し「Vision Vanを貸すよ!」との返答を得た。

歓喜したものの、Vision Vanを日本に搬入するのには、じつに多くの問題が山積していた。
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そこで、内閣府に相談し政府の協力が得られた。
搬送には特大貨物輸送を得意とするロシアのヴォルガ・ドニエプル航空より無償フライトの提供を得た。その他のさまざまな許可申請も特例の急ピッチですすめられて、Vision Van は4月12日にマイアミを出発、14日に無事、仙台空港に到着した。

これを受けて、日本眼科学会、日本眼科医会、現地の東北大学中澤徹准教授、岩手医科大学黒坂大次郎教授による診療支援活動の準備がすすめられ、被災地での眼科診療が可能となった。

この経験から、「日本にVision Vanを常備しよう!」=“Mission Vision Van”プロジェクトがスタートしました。;ということです。そしていよいよ宮城県に国産のビジョンバンが設置されたのです。
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清澤のコメント:バンがマイアミの空港から搬出されるところの動画もあったのですが、そのあたりを探していたらバスコンパルマー眼研究所の歴史という動画がありました。その6分20秒あたりにこのビジョンバンが出てきます。

マイアミは米国でも有名な、裕福な退職者が移り住む場所であり、戦後の時代に資金力のある患者を集めて眼科医療の隆盛を迎えたとも言われてれています。ガスとか、ロートンスミスとか、綺羅星のごとき眼科の星がきらめいています。

神経眼科で、私が尊敬する藤野貞先生(神経眼科臨床のためにの初版著者)が臨床神経眼科を極めたのもこのバスコンパルマー研究所。

戦後には神経眼科部門リーダーのジェイ・ロートンスミスがいて、その弟子にはグレーザーさんとか、ノーマン・シャッツさん、そして我が藤野先生などもいたはずです。

そこでフェローの時代を過ごしたというその次の世代の旗手が二ール・ミラー(ジョンスホプキンス大学、ウォルシュミラー第5版を集成)でありピーターサビーノ先生(ウイルズアイ病院での私の師匠)などです。

これらの神経眼科医は神経眼科に大きな流れをなし、いわば神経眼科におけるマイアミマフィアを形成しているのです。

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