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2013年3月5日

4134 此の道を行けば どうなるのかと 危ぶむなかれ:ご存知でしたか?

無題
清沢という姓をもつ有名人は多々いるのですが、暗黒日記の著者の清沢 洌(きよさわ きよし)でもなく、大谷大学の学監を務めた清沢満之(きよさわまんじ)でもない、清沢哲夫(きよさわてつお)という人がいたらしい、後には入婿して暁烏(あけがらす)と改姓したのですが。彼の名がグーグルでは真っ先に出てくるのです。

そしてその人は『無常断章』「道」という詩で知られるのだけれど、この詩を有名にしたアントニオ猪木氏はその作者を一休さんと間違えていたらしいのです。

此の道を行けば どうなるのかと 危ぶむなかれ
危ぶめば 道はなし
ふみ出せば その一足が 道となる 
その一足が 道である
わからなくても 歩いて行け 行けば わかるよ

アントニオ猪木バージョンでは「道」

この道を行けば どうなるものか 危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし 踏み出せば その一足が道となり
その一足が道となる 迷わず行けよ

となっていたのだそうで、少し違います。

「道」 についてのwikipediaの解説では、哲夫は、暁烏の言葉で迷いを断ち切られて実家の寺を出る決意を固めたのだが、当時の心境を、ゲーテ『ファウスト』の中の「母達の場」におけるメフィストフェレスとファウストの「歩いたもののない、歩かれぬ道」をめぐる対話をひいて、虚無の只中に前進するしかない世界の展開、自己発見として語る。 同26年に発表された「此の道を行けば/どうなるのかと/危ぶむなかれ」に始まる清沢の詩「道」は、後年「一休の言葉」と誤解したとみられるアントニオ猪木らによって、文言は多少違っているものが、広く流布されている

清澤のコメント:アントニオ猪木さん同じ苗字の人の作品を世に広め、そして私に知らせてくださってありがとうございます。まあ悪い詩ではないと思いますので、引用しておきます。彼の事を調べてみると戦争で多くの不条理に気づき、宗派の改革を目指すも檀徒には受け入れられずに故郷を捨ててよそへ移ったというこの道という詩を思わせる一生を送った人らしいです。
ちなみに2年前に開かれたアントニオ猪木道場は高円寺で私の自宅のすぐご近所です。

ちなみに高村光太郎の道程という詩もあります

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため

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