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2013年2月18日

4076 現代における死地とは?

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G20では通貨安を競わずと宣言させられたそうですが、今日のお昼にふと思い浮かんだ言葉は「死地」。

そもそも、死地という言葉には3つの意味があります。し‐ち 【死地】

1 死ぬべき場所。死に場所。「―と定める」
2 生きて帰れないかもしれない非常に危険な場所。また、そのような状態。「―に赴く」「―を脱する」
3 のがれようのない、せっぱ詰まった立場や状態。窮地。「―に陥る」

 この時、私がふと思ったのはこの3番です。「調子に乗って大攻勢を仕掛けている心算でいると、いつの間にか抜き差しならない状況に追い込まれている。」ということはないでしょうか?

 うろ覚えだった高校時代の教科書の一部を思い起こしながら探すと、それを具体的に述べているたのが下の三国志、石兵八陣の下りです。陸遜が陥ったこんな状況は正に死地でしょう。敵をそこへ誘い込むというのですからさすがに諸葛孔明です。
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八陣図(石兵八陣)
三国志の話。 
東呉の大都督陸遜(りくそん)が大いに蜀の軍を負かした後、尚も追撃の手を緩めず魚腹浦(ぎょふくほ)という所まで来ると、河の砂州に石を積み上げた陣地が見えてきた。人っ子一人いないのに中に何故か殺気が漲っている。兵を率いてその中に進入したが、ただ怪石が剣の様に高く聳え、土と砂が山の如く積み上げられているだけ。やがて、万の太鼓を一度に鳴らした様な音と共にその土砂が波を打って崩れだしてきた。慌てて兵を引こうにも退路も閉ざされてしまう。いぶかり、途方にくれている時、何処からともなく一人の老人が現れ、陸遜達を導き助け出し一命を取り止める。この不思議さに老人に尋ねると「ここは諸葛孔明の手による八陣の図という石陣である。全部で八つの門があり、毎日毎日変化させているので十万の兵の攻撃にも耐えられる」との事。陸遜は驚き、「一年も前からこのような仕掛けをしていた孔明はまさに伏臥せる龍である。私はとうてい彼には及ばない・・・」と嘆き兵をひくのであった。
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どのような構造物だったのかは全く想像できません。
今のアベノミックスだの、円安だの、株価高騰などと言って浮かれていると、とんでもない大厄が日本を襲ってきそうな不安に取りつかれます。

一方この死地という単語を含む成句にはもう一つ「死地に陥れて、然る後に生く」(孫子の「兵法」)という「やる気のない部下をやる気にさせる」という意味での使い方があります
ダイヤモンド オンライン

引用しますと、[孫子の「兵法」、九地篇に戦いの場所について、そしてそこでの戦い方についての説明がある。そこに「死地」が登場してくる。これは力の限り戦わなければ、滅亡するという戦場のことだ。

 戦いに勝つ秘訣を孫子は「これを亡地に投じて然る後に存し、これを死地に陥れて然る後に生く。それ衆は害に陥りて然る後によく勝敗を為す」ことだと言う。]

迂闊に死地に誘い込まれることを避けようと考えるのか?はたまたそれを発条に新たな攻撃をかけるのか?それが問題です。
FQL7o4Olこの図を見ても何のことやらさっぱりわかりませんが。

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