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2013年2月12日

4059 プロフェッショナルとしての信念を持つための3つの心がけとは

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田中均氏の「世界を見る眼」には「失われた20年」の脱却に信念をかけた人材育成を・英国流プロフェッショナリズムに学ぶ日本再生の要諦、という記事が載っていました。【第16回】 2013年1月16日 田中 均 [日本総合研究所国際戦略研究所理事長]の記事です。

非常に繰り返しや無駄のない文章で、要点を短くまとめるのが困難な記事です。それを無理して丸めれば次のようになりましょうか?

 政府も企業も優れた人材を育てることに、もっと真剣でなければならない。著者がプロフェッショナルの心がけとして強調するのは、「物事の本質を見よう」「変えることに躊躇をするな」そして「競争を避けてはならない」という3つの点である。英国も米国も、プロフェッショナルを重視し変化を厭わないダイナミックな社会であり、それをもって一時の衰退から抜け出した国々である。英国に国力を超える力を可能にするのは、プロフェッショナルを重用する社会の存在であり、プロフェッショナルをつくるエリート教育の存在である。現代社会において、いわゆるポピュリズム的な傾向が強くなり、感情的な議論で社会の基調が大きく変わってしまうことには問題がある。国民の側が政策を厳密に監視し、時には批判し、代替の政策を提案できるような議論を日常的に行わなければならない。そうすれば、衰退から脱することが英国にできて、日本にできないはずがない。

ーーー引用開始ーーーーー
「失われた20年」の脱却に信念をかけた人材育成を
英国流プロフェッショナリズムに学ぶ日本再生の要諦

プロフェッショナルとしての
信念を持つための3つの心がけとは

国家の基本は人材である。政府も企業も優れた人材を育てることに、もっと真剣でなければならない。

私は外務省を退官して8年近くになるが、この間、大学院でゼミを持ち、異なる職業の社会人に向けたいくつかの塾を主宰し、外務省や公務員研修所などでの講義をして若い人々に接し、私なりに人材の育成に携わってきた。

自分自身の経験を通じて蓄積してきた外交や戦略の考え方以上に大事だと思い、意識して議論するのは、プロフェッショナルとしての生き方についてである。

今日、政治家や官僚、ジャーナリストや企業人を含め、プロフェッショナルとしての信念に欠けた人々が多くないか。職業上の使命感よりも自己保身や人間関係の前さばきだけを旨として生きている人があまりに多くないか。日本の失われた20年は、プロフェッショナリズムが失われた20年と言えるのではないか。

私がプロフェッショナルの心がけとして強調するのは、「物事の本質を見よう」「変えることに躊躇をするな」そして「競争を避けてはならない」という3つの点である

物事の本質を見分けるためには、十分な情報を得るとともに情報を評価できる知見を持たねばならない。表面的な文字面や過去の先例や決まり事だけを重視し、本質を避けて通ってしまうほうが楽である。

そして、特に政治家や官僚は既得権益に縛られ、変化を嫌う。さらに「みんなで渡れば怖くない」とばかり、何よりも横並びと和を重視し、競争し個が抜きんでることを嫌うのは、日本の伝統なのであろうか。本質を見ることをせず、変えることに臆病になり、競争を避けるがゆえに日本の社会は停滞していっているのではないか。

本質を見、変化を実現し、競争を厭わない人材が社会の発展の原動力であることを強く意識したのは、計12年間にわたる英国と米国での留学や研修、勤務経験の故であると思う。

英国も米国も、プロフェッショナルを重視し変化を厭わないダイナミックな社会であり、それをもって一時の衰退から抜け出した国々である。特に英国から学ぶことは多い

私が最初に英国に接したのは1970年からのオックスフォード大学への留学の2年間であったが、この頃の英国は「ゆりかごから墓場まで」という労働党の社会主義的統治が非効率な経済、多発する労働争議など、いわゆる「英国病」を蔓延させ、もう英国に将来はないと誰しも考えた時代だった。

たぶん、1960年からの20年は英国にとって失われた20年だったのだろう。しかし英国は蘇った。サッチャー革命と言われた徹底的な民営化、競争の導入、規制緩和など社会を大きく変える政策が功を奏し、英国経済は沈まなかった。

二度目の勤務で英国に戻った1989年から93年の時代には、英国の復活を目の当たりに見た。この間、サッチャー女史とは何回も会ってお話をしたが、本質を見極めようとする彼女の目の力に畏怖を覚えたのをよく覚えている。1990年から2010年にかけての日本の失われた20年は、ちょうど英国の蘇った20年でもあったのである。

中央銀行総裁に外国人登用を厭わない英国
プロフェッショナル重視の伝統の強さ

英国の特色の1つに「ウィンブルドン現象」が挙げられる。全英テニス選手権が開催されるウィンブルドンはテニスの聖地と言われるが、このウィンブルドンで競技する英国人は極めて限られる。最近でこそ決勝に進出する英国プレーヤーも育ってきたが、多くの場合、勝ち残っていくのはほとんど外国人プレーヤーである。

このウィンブルドン現象はテニスだけではない。英国は外国投資の受け入れに躊躇はなく、日本からの投資の受け入れに熱心である。さらにロンドンのシティーと呼ばれる金融街は、国際金融市場として諸外国の金融機関がひしめき合い、英国の金融力をはるかに超えた世界の「シティー」となっている。

最近世界を驚かせたのは、英国中央銀行総裁にカナダの中央銀行総裁のカナダ人を充てる人事であった。英国はユーロへの加入をかたくなに拒み、債務問題が顕在化した今はEUからの脱退を議論する向きもある。

それほど自国の主権意識が強いのにかかわらず、英国は外国人の能力を活用することに躊躇はない。中央銀行の総裁を任命する論理は銀行家としてのプロフェッショナリズムの有無であり、国籍ではない。

そのような外国人でも英国の傘の中で使いこなすことができるし、「英国」を失うことはないという、伝統に培われた強固な自信が英国にはある。

また、英国にはその国力を凌駕する巧みな外交力もある。伝統的に英国の外交が寄って立つのは、米国との「特殊な関係」、ヨーロッパの一員、英連邦の一員という3つの同心円である。

英国は米国との同盟関係が最も強固な国であり、日本以上に米国に追随していく国という印象があるが、実態はEUの中で米国との特殊な関係をテコに影響力を保持しようとしており、また米国との関係においてもEUの有力な一員であることをテコに米国の政策に影響力を行使しようとする。

集団の力の時代からの変化を躊躇せず
日本も「失われた20年」からの脱却を

英連邦を主宰しているという英国の立場も、時として有用になる。英国はすべての力を活用した外交を心がけている。

英国に国力を超える力を可能にするのは、プロフェッショナルを重用する社会の存在であり、プロフェッショナルをつくるエリート教育の存在である。私が学位を得たオックスフォード大学では、一対一のチュートリアル制度で学生は毎週何回もチューターと呼ばれる教員と向かい合い、何冊もの本を読んでまとめた論文を議論する。

卒業試験の結果はタイムズ紙に掲載され、一生ついて回る。なにもオックスフォードやケンブリッジを出た学生が全て優秀であるというつもりもないが、そこで行われる教育は極めて厳しく、充実しており、物事の本質を見分ける力が養成され、競争や変化を厭わない人材が輩出されているのは確かであろう。

現在の日本に求められているのは、英国が英国病を克服して蘇ったように、失われた20年から脱却し蘇るための「変化」であろう。戦後長い間、外からの与件の下で経済発展に集中した時代には、集団としての力が重要だったのだろう。

しかし、もはや集団の力で量を求めていく時代ではない。良質な経済、良質な外交を生むためには、プロフェッショナルの役割を重視する社会に戻らなければならない。このためには教育制度を抜本的に見直すことも必要になろうが、それを可能にしていくためにも、まず知的でプロフェッショナルな議論を活性化することから始めなければならない。

政治の貧困を憂うるよりも、政策の代替案の議論を

現代社会において、いわゆるポピュリズム的な傾向が強くなり、感情的な議論で社会の基調が大きく変わってしまうことに問題がある。

この意味でメディアの責任は大きい。新聞も、内容よりもセンセーショナルな見出しを打つことに精を出し、テレビも本来フェアーな議論を国民に示すべきであるのに、極めて偏った議論をするコメンテーターや専門外の評論家やタレントにコメントを求めることが常態化してしまっている。

政府は知的な議論を活性化する努力をするどころか、知的機関に対する補助金を削減してきた。外交の世界でも、国力以上の外交力をつくるために必要であるのは、国民を啓発し政府に代替的な外交政策を提供できるような民間外交基盤の強化である。諸外国に比べ、日本の外交安保シンクタンクは極めて貧困である。経済界も、知的に練られた意見を発信するには至っていない。

政治の貧困を憂うるよりも国民も日常的に政策の代替案の議論を

私たちは、現在の日本の病巣を論じる際、往々にして政治の貧困や政治家の質の低下を憂うることが多く、政治が変わらない限り、あるいは使命感を持つ卓抜した政治指導者が出現しない限り、日本の将来は明るくないと結論づけることが多い。

しかし、本来国民に選ばれた政治家たちであり、そういう政治家を生み出す責任は国民の側にあるとも言えるだろう。政権交代を繰り返し再び自民党政権に戻ったわけで、安倍政権が期待に応えてくれることを願いたいが、このためにも国民の側が政策を厳密に監視し、時には批判し、代替の政策を提案できるような議論を日常的に行わなければならない。

メディアも政権を持ち上げ、そして少しでも失敗があれば引きずり落とすことに躍起になるのではなく、冷静でプロフェッショナルな議論を提供することを心がけてもらいたい。

また、知的機関やシンクタンクを活発化させ、有識者も発信力を強めなければならない。衰退から脱することが英国にできて、日本にできないはずがない。
ーーー引用終了ーーーー

注:田中均氏は、小泉純一郎政権の2001年にアジア大洋州局長に就任すると、同年末から30回以上に及ぶ北朝鮮代表者「ミスターX」との水面下の交渉を担当。官邸・外務省の限られたスタッフしか交渉の詳細を知らないという極秘の形で進められたが、総理とはこの間80回に渡って面談して官邸主導のスタイルで北朝鮮側との信頼関係を築き、2002年9月の歴史的な首脳会談実現の立役者となった。

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