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2013年1月28日

4017 別離 (2011年イランの映画)をみました

『別離』(べつり、ペルシア語: جدایی نادر از سیمین‎、英: Nader and Simin, A Separation) は、2011年のイラン映画です。

清澤のコメント:
 今日はDVDを借りてきてこの離別とその昔ご紹介した「サラの鍵」を見ました。この監督もイラン映画界で苦労をしているようですが、イランにも国威発揚以外の映画がしっかりと存在したのですね。
 夫のナデルと妻のシミンは14年来の夫婦で、11歳の娘テルメーとアルツハイマー病に罹っているの夫の父と共にテヘランで暮らしています。彼らは離婚の危機に瀕しているのですが、美しく西欧的に自己の確立した妻は義父を残してでも海外に移住をしたく、夫は病んだ老父を見捨てられません。イランでも裁判では離婚が認められなくても、離別を決意した妻は実家に戻るようです。町は西欧の町と変わるところなく、銀行員の様子も普通です。11歳というには大人びてはいますが、女子の学校も日本と変わりません。ただ人々の意識には多少まだ宗教にとらわれている敬虔な人々もおり、一方インテリは現実的な金にも引きずられて生きています。ただ、男性のプライドは社会の階層に依らず強いようです。両親の不仲におののき、その間を取り持とうとする強い近視の眼鏡をかけた娘が特に生き生きと描かれています。紆余曲折の末に両親の離婚が確定し、娘が父か母かどちらと暮らすか?と、裁判官に問われ、さてどちらと答えるだろうか?という部分で、映画は答えを示すことなく終わります。映画の流れとしては、この娘はやはり母と暮らすことになり、父親は遠からず病でも得るのだろうか?と思いました。(この記事の全文にリンク)

前に見た「サラの鍵」の紹介に(⇒リンク)

ーーーwikipediaよりーーー
監督・脚本・製作がアスガル・ファルハーディー
フィルムイラン、マジックアワー/ドマ
公開は一昨年2011年2月15日 (ベルリン国際映画祭)。 2011年9月16日 にはアジアフォーカス・福岡国際映画祭でも上映されました。

第61回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門に出品され、最高賞である金熊賞と、女優賞、男優賞の2つの銀熊賞の計3部門で受賞を果たした。第84回アカデミー賞ではイラン代表作品として外国語映画賞を受賞したほか、脚本賞にもノミネートされた。

ストーリー:

ナデルとシミンは14年来の夫婦で、11歳の娘テルメーとテヘランで暮らしている。家族は中産階級の上流に属し、夫婦は離婚の淵に立たされている。シミンは夫と娘とともに国を出たいのだが、ナデルはアルツハイマー型認知症を患う父のことを心配し、国に留まりたいと考えている。そこでシミンは家庭裁判所に離婚許可を申請するが、認められなかったため、彼女はいったん夫の許を離れ実家に帰る。

ナデルは父の世話のためにラジエーという若く敬虔で貧しい娘を雇う。ラジエーは短気な夫ホッジャトに無断でこの仕事を得ていた。しかもホッジャトが無職のため家族の生活はこの仕事に依存していた。ある日、ラジエーはナデルの父をベッドに縛りつけ、閉じ込めて出かける。ベッドから落ちた彼は、帰宅したナデルとテルメーに意識不明で発見される。激昂したナデルは、帰ってきたラジエーを怒鳴りつけてアパートの玄関から無理に押し出し、ラジエーは階段に倒れ込む。その夜、ラジエーは妊娠していた胎児を流産してしまう。

ラジエーとホッジャトはナデルが胎児を死に至らせたとして告訴し、ナデルの裁判が始まる。

製作 [編集]
映画はファルハーディーの個人的な体験や抽象的なイメージから生まれた。彼が製作を決めたのは初上映の約1年前で、その後すぐに執筆と資金集めを終えた。ファルハーディーによると本作は『彼女が消えた浜辺』からの「当然の成り行き」であった。本作は、彼の前3作品と同様に政府の支援を一切受けていない。『彼女が消えた浜辺』の成功により、資金は滞りなく集められた。

2010年9月、ファルハーディーはイラン文化イスラーム指導省により映画製作を禁止された。これは彼がある受賞スピーチでイランの映画関係者を擁護する発言をしたためである。特に彼はモフセン・マフマルバフとジャファール・パナヒのイラン映画界への復帰を望む旨を表明した。マフマルバフは国外、パナヒは勾留中であり、2人とも「緑の運動」に関与していた。禁止令はファルハーディーが発言についての弁明と謝罪を述べたことにより、2010年10月初旬までに解除された。
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