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2013年1月19日

3987 東京アンダーナイト 「ニューラテンクォーター」のお話、を読みました

412eEPunHEL__SL500_AA300_ここ一週間ほどかけて、東京アンダーナイトを読みました。そして今夜は、その話題の場所の跡地を訪ねて来ました。 

1953年と言えば私が生まれた昭和28年。“東洋一”のナイトクラブが東京赤坂に出来たといいます。ニューラテンクォーター。ナット・キング・コール、ルイ・アームストロング、サミー・デービス,Jr.、パティ・ページなどのスーパースターが、この店に集う300人の客たちに、夢の一夜を提供したそうです。確かに「もう戦後ではない」といわれるようになる前の東京はいかにも怪しくて魅力的です。
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さてこの店で起こった3つの大事件とは、
1)昭和のヒーロー力道山が腹部を刺され、1週間後に命を落としたこと。この事件には目撃者がいないことになっていましたが、実は著者をはじめ何人かは見ていたということです。力道山は表の顔とは違って、部下をいたぶるようなところも多かったとし、また暴力団とのつながりもはっきりと有ったらしいです。渋谷にはリキ・スポーツパレスなどの事業も手広く持っていたようですが、力道山には必ずしも良い風ばかりが吹いていたのではなかったようです。落命は不摂生が原因で、元の傷は命を落とすような深い傷ではなかったらしいです。
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2)2番目の事件はホテルニュージャパンの火事。私が医師になって何年か後の出来事でしたが、その衝撃とあの横井英樹社長の変わったキャラクターは今も忘れられません。そのホテルの地下にこのキャバレーが有ったのですからその後の経営不振は当然でしょうか。この後、著者は九州のゴルフ場開発に欲を出して多額の借金を抱えたといいます。確かにこのころは行き詰まったゴルフ場の話がニホン各地、あちこちにありました。

3)3番目の事件か赤坂コールガール全裸殺人事件だったそうです。不振のキャバレーなればこそ、素性の怪しい職員も入れたのでしょう。

このほか、病気になった石原裕次郎の話、勝新太郎に言われてイランにキャバレーを作ろうとしたがイラン革命で流れた話などなど。本人の叔父が戦時中の特務機関児玉機関の幹部だったというだけあって、出てくる名前には右翼や暴力団が続々出てくるし、おそらくそういう関連もある人なのでしょうが、清濁併せのむのが当時の芸能界というものだったのでしょう。

さて、今日の眼科の勉強会は@その跡地に建てられたホテル・キャピタル東京。いかにもクールで感情を排除したような都市ホテル。当時の面影は全くありませんでした。内容の紹介はのちほど別項で。今日は最後までは聞かないで、子守のため早めに帰宅しましたがまだ今頃は情報交換会が続いているはず。

明日も、朝は8時からですから、近くの日枝神社でも回ってみましょうか?

著者は
父は福岡のキャバレー王。伯父は伝説の児玉機関副管長・吉田彦太郎。
大学卒業後に父に言われ、GHQの意向を受けて児玉機関が始めた赤坂ニュー・ラテンクォーターの経営者になるべく上京。
その後、現キョードートーキョーの創業者・長嶋・内野・嵐田氏らと組み、当時のスーパースターをアメリカから呼び、クラブでショーをさせるという画期的アイデアで、日本一有名なナイトクラブの座を不動のものとした。
客は政財界から芸能・スポーツ、ヤクザ、そして皇室も。故勝新太郎とは兄弟分。(Amazonより)

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