お問い合わせ

03-5677-3930初診受付

ブログ

2012年7月31日

3523 若倉雅登さん:現代女性への応援歌に 女性眼科医第1号を小説化

001
このブログをご愛読の諸兄には、何回もこの話題で恐縮ですが、若倉先生のご著書が毎日新聞の書評にも取り上げられたそうです。再々ですが、ご紹介たします。まだ読んでない方はアマゾンででも御入手ください。
若倉先輩、当医院にも貸し出し用に何冊か用意しましょうか?

「自分が担当した患者さんを医療訴訟で撃退できたとしても、何もうれしいことはない。」と本の中の院長が述べるくだりが、私には若倉先生とダブって印象的でした。

ーー記事の引用ーーー
若倉雅登さん:現代女性への応援歌に 女性眼科医第1号を小説化
毎日新聞 2012年07月05日 東京夕刊

 明治の半ば、眼科医として将来を嘱望されながら20代の若さで世を去った女性がいた。歴史に埋もれたその女医「右田アサ」を主人公とする小説『高津川』(青志社)が、話題を呼んでいる。著者は、著名な眼20+件科医の若倉雅登さん。「現代でも根強い性差別と闘う女性たちへの応援歌として、明治の女傑をよみがえらせたかった」という若倉さんに、自身初の小説にかける思いを聞いた。【斉藤希史子】

 戸籍によると右田アサは1871年、現在の島根県益田市に生まれた。10代で上京し、東京医学専門学校済生学舎を卒業して93年、医術開業試験に合格。東京・お茶の水の井上眼科病院に勤め、日本の女性眼20+件科医第1号として期待されたが、肋膜(ろくまく)心包炎のため98年に死去した。両眼を摘出して研究に役立てるよう、遺言したという。

 若倉さんは、この井上眼科の現・名誉院長だ。大学から同院へ移ってアサの存在を知り、日記が残されていると聞いて史料の掘り起こしを始めた。「こんな女傑がいたなら、よみがえらせたいとの一心でした」
ーーーーーー

Categorised in: 未分類