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2012年3月28日

3187: 50年前、実家には雑種の老犬ボスが自由に暮らして居た。

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50年前、長野県の実家には雑種の老犬ボス号が居た。この犬には首輪に登録の鑑札が付けられてはいて、狂犬病の予防注射はされていたがた、綱で結ばれたことなどはなく、自分で家の周りを始終巡回していた。私が幼稚園に行く時には追い払っても追い払っても私に付いてきて、幼稚園の入り口からは一匹で帰って行っき、家に帰ると私を玄関前で待っていてくれた。

家の周りを自分の領域と考えていて、他所の犬が近づくとよく吠えた。そしてよく喧嘩をして、時には大怪我をして帰ってきた。祖母が残ったご飯に味噌汁をかけたものを与え、彼はその餌を食べ終わると勝手口の前にあった自分の犬小屋へと入って行った。幼稚園時代の私には彼は仲の良い兄の様なものであった。

小学校の高学年になったころ、彼はだんだんよぼよぼになり、私の意識も「兄弟」と言うよりは。「家の飼い犬」へといつしか変化していた。そしてある日、彼は姿を消した。数日間あちこち探した挙句、私は父が木工場に使っていた土蔵の2階でほこりにまみれた材木の間でその生涯を静かに終えているボスを見つけた。人に見られない其処に自分の死に場所を求めた様な気がした。

誰かがボスは16年生きたと言っていた。私は12歳くらいだったのだろうか。父は、彼を家の庭に埋めることを許さず、保健所にその死体の焼却を依頼した。今となっては父のその行為が普通に理解できるのだけれども、その時にはそれが無性に悲しかった。

今日、私は「半のら犬」の自由な番犬生活と言う記事を見つけた。そうだ、日本でも昭和30年代には犬がこんな風に暮らしていたのだ。今、家の中で飼われ、毎日の散歩に連れて行ってもらい、2週に一度はきれいに洗ってもらっている愛犬サクラと果たしてどちらが幸福なのかを私は一概に断ずることができない。

ーーーー記事の引用ーーーー
「半のら犬」の自由な番犬生活〈ペットと暮らそう〉タイ・青柳めい

 バンコクでは飼い犬を散歩に連れていくという習慣がほとんどない。番犬として飼っている家も、愛玩用として飼っている家も、家の中や庭先が愛犬の生活の場である。しかし、それとは逆に「野良犬?」と思うほど自由奔放な飼い方をされている犬もいる。あるいは野良犬がいつの間にか飼い犬になったのかもしれない。元来が野良犬なので、家の中にいることを好まず一日のほとんどを路上で過ごし、食事の時間だけ家の中に入っていく。そんな「半のら犬」がバンコクには驚くほどたくさんいる

 私も犬連れでバンコクに越してきた。毎日の愛犬との散歩コースには、野良犬がザッと10匹はおり、日々ワンワンほえられている。中でもウルサイ雌犬がいる。毛はゴワゴワに固まり、これ以上ないほどに汚れ、どこからどう見ても完全な野良犬なのに、実はすぐそばの家に飼われているというから驚いた。飼い主は70歳を超えたばかりの老女である。「子犬の頃からこの辺にいるから、うちで面倒見てるんだよ」と言う。食事を与え、自由に家へ出入りさせるが、毛をとかしたり洗ったりはしない。だから見た目は野良犬然としている。そんな生き方が気に入っているのか、ワンワンうるさい割に攻撃をしかけてくることは全くない。自分なりに、番犬として老女の家を守っているのだろう。

 軒先にドッグフードや残り物の食事、水などを置いている家も多い。もちろん野良犬たちのためである。だから私はバンコクに来て以来、飢えて痩せこけた野良犬を見たことがない。餌を求めてうろつくこともなく同じ場所に住み続ける彼らを、近くの家の人たちが世話をし、見守っている。本物の飼い犬に昇格すれば、広々とした庭の中を走り回ったり、ペットホテルからのリムジンカーや、犬用プールでの水泳教室など、人間顔負けのサービスが充実しているバンコク。それはそれで幸せなことであろうが、「2割飼われて8割自由な『半のら犬』」としての人生も相当幸せそうである。そして、あのうるさい雌犬はこれからもワンワンとほえながら、老女と家を守っていくのであろう。
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