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2011年12月21日

2913:ノエル先生と考える日本の医学教育:という記事のご紹介です

ノエル先生と考える日本の医学教育という記事が週刊医学界新聞2011年12月5日号に出ています。その20回はワーク・ライフ・バランス(6)です。医師の生き方と言う点で、かなり重要なお話と思いますので、その概要をノートにしてみました。

この記事の中で私が最も惹かれたのは「研究職としての昇進の道もあれば、臨床指導教員のキャリアパスもあり、地域の関連研修病院の学外教員と言う第3の道もある」と言う部分でした。その第3の道は、私の現在の立ち位置に近いかもしれません。

日本でも確かに一枚でも多くの良い医学論文を書き、その質と量で出世を競うという一本道のレースが医学部には有りました。そして、その過程を何がしか過ごした後に、多くの医師は臨床医として成長し、そのごく一部が教授に就任できました。

そのレースに勝ち残るためには基礎実験の方が有利で有るという理由で、若い働き盛りの医師たちが臨床診療もそこそこに、夜中までネズミの遺伝子を相手に格闘するという場面は日本の各地で見られたものだったでしょう。それはそれで研究マインドを育てるのには良かったのですけれど。

最近、首都圏に多くみられる私学の大学付属病院は、この記事で論じられる米国での大学付属教育病院と似た色合いが強いのでしょう。そうで有れば、初めから論文数ではなくて臨床手技の優劣で教授の人選を行うのは、より妥当な選択なのでしょう。教授や准教授の数を増やしてスタッフ医師の慰留に努めると言う方便からばかりではなく、「大学の臨床教授」と言うアカデミズムとは別の、臨床医としてのキャリアパスは日本にも根づいて来ているのかもしれません。

ーーー記事の要点メモーーーー

米国では多様なワーク・ライフ・バランスが可能になっている。その背景には、社会環境の変化に対応するため、キャリアの多様性の確保が必要と言う時代の要請が有ったから。

米国では、昇進が遅い医学部教員が居てもそれは彼らが働いていないからだとは見なさず希望するキャリアを選んでいると認識される。

研修病院の多くでは、給与は職位に対してではなく、実際の診療業務に対して払われる。一方、研究に取り組む医師の給与の大部分は、彼らの研究費から支払われる。

診療と臨床教育を主な業務とする医学部教員「クリニシャン・エデュケーター(臨床指導教員)」は研究には重点を置いてはいない。彼らは職位を問わず、診療のみで高額の給与が得られる。

研究職の教員は、給与が研究費から支払われるため、教員としての職位が重要である。論文数という昇進基準を満たせるので昇進速度は、研修病院の医師達より速い。

現代の医学部は専門医療に重点を置き、医療保険制度で医療費が補償されている。

約30年前まで、教員の昇進と給与はアカデミックな業務にのみ重点が置かれていた。しかし、学生や研修医の指導・監督業務への要求が高まるにつれ、臨床指導教員の増員が求められた。指導医の給与の多くは診療費から賄われている。

今日では研究職としての昇進の道もあれば、臨床指導教員のキャリアパスもあり、地域の関連研修病院の学外教員と言う第3の道もある。

この30年の間に、多くの医学部が医学の幅広い領域の臨床と教育に必要な人材を、過去のシステムでは集められないと認識するようになった。

医師に求められる特性は女性でも男性でも、フルタイムでもパートタイムでも同じである。短時間勤務を選択する人にとっての「ワーク・ライフ・バランス」のコンセプトはより多くの時間を仕事以外に費やすことである。それは子育てでも、看病でも、演奏活動、途上国での医療ボランティア、そして執筆でもよい。

医療システムも勤務体制に合わせて変化した。過去の指導医とは違って、現在の指導医は多くの時間を診療に当て、長く詳細な診察記録を付ける。入院患者に集中的治療を施すが、治療のあらゆる側面に指導医は責任を持ち、そこから診療費を得ている。

オレゴン健康科学大学の研修医は研修終了後は研修病院ではない民間の医療機関に移る人が多い。そこでのホスピタリストである内科医は外科医と臓器別専門医の患者のケアの大半を病院のみで担当する。
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(なおこの元の記事はネットにも公開されています。)

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