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2011年12月6日

2871:神経眼科 臨床のために :に若倉雅登先生の書評をいただきました。

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2871:神経眼科 臨床のために :に若倉雅登先生の書評をいただきました。

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神経眼科 臨床のために

 外国の教科書などにならい、記念すべき人名を冠して「藤野貞の図説臨床神経眼科」とでもタイトルしてほしかった待望の第3版である。その藤野貞氏は2005年12月12日83歳でひっそりと自宅でその生涯を閉じられた。本書の初版は、藤野氏が丹精込めて1991年10月に刊行された。 自らが描かれた数々のわかりやすいイラスト、簡潔明瞭な箇条書きの記載、何よりも視診を重視し、それに見合う付録と、どれをとっても藤野氏の静かな情熱と後進への思いやりが表されていた。日本人のための教科書だからと、参考文献も日本語のものを選択していた。しかし、内容は正確で、質は高かった。神経眼科の初学者だけでなく、専門だと自認する医師たちも大いに参考にした。
神経眼科という、ともすれば敬遠されがちな領域だが、眼科の臨床上避けて通れぬ領域でもあることはすべての眼科医が知っていたし、神経内科など関連領域の医師たちもこの領域の大切さに気付いていた。だが、多くの教科書はやはり難しい記載になりがちで、読破できる人は多くなかった。本書の第一版はそのわかりやすさ、必要なところを読めばよろしいという編集スタイルで、神経眼科とそれに苦手意識を持つ医師との距離をぐっと縮め、医学書としては異例の5刷を重ね、「飛ぶように売れた」と表現してよい人気を博した。第2版は2001年に刊行された。これもよく売れた。
神経眼科も、神経学、眼科学の進歩に従って進歩の速度は決して遅くない。改訂が待たれたが、本人が天国に行ってしまったのでそう簡単にはゆかない。藤野氏は47歳以降、常勤の勤務先を持たず、東大、慶応大、北里大、東京医科歯科大などいくつもの大学や病院を走りまわり、論文を物するといった通常の教育方法とは違ったやり方で、患者さんを直(じか)に診ながら臨床神経眼科の普及と啓発に努めた。今回の第3版はそうして育った弟子たちのうち、東京医科歯科大の神経眼科グループが主体となって作り上げた。
イラストは藤野氏のものをそのまま用いたし、箇条書きというスタイルも踏襲した。視神経炎や眼瞼痙攣など近年の疾患概念の捉え方の変遷が著しい項目には、適切な改訂が加えられている。上斜筋ミオキミアの掲載部位が変更されているのも新たに加わった著者の適切な判断である。開散不全の原因に意外に高頻度だが認識されていない強度近視によるものを、さりげなく加え、痒いところまで行き届いている(複視の診断のところにも記載してほしかったが)。
このように第2版にはなかった新しい項目や適切な改訂が加わり、引用文献もリニューアルされた。待ち遠しかった名著の第3版の誕生である。

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井上眼科病院院長若倉雅登先生にこのような書評をいただきました。ご紹介いたします。

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