お問い合わせ

03-5677-3930初診受付

ブログ

2011年11月3日

2770 勝海舟と明治維新の舞台裏 (静山社文庫) を読みました

61+HHrWT6fL__SL500_AA300_
数週間かけて「勝海舟と明治維新の舞台裏」 (静山社文庫) [文庫] を読みました。
星 亮一 (著) 価格: ¥ 680

幕末に幕府を代表して江戸城無血開城の指揮官を務めた勝海舟の政治的或いは人格的なあらゆる側面が紹介されている。彼は血筋の良い代々の旗本ではなかった。苦労して幕府に海軍伝習所を作り、生徒を育てるがそれもやがて解散の憂き目をみる。咸臨丸を率いて米国に渡航した話も有名であったが、実際には同乗した外国人海員の力が大きかったことは余り知られていないし、その使節団の代表であった旧来の旗本の名門で上司でもあった木村摂津守や、その下僕として同乗した福沢諭吉とも大変に不仲で会ったことは余り知られてはいなかった。

それどころか戊辰戦争の江戸開城直前まで彼は徳川慶喜に疎んじられ遠ざけられていた。この本を読むと、第二次長州征伐以来の慶喜はかなりわがままで勝手な君主だった様である。大政奉還でも、大政を奉還した後には徳川慶喜自身が新政府の首班になれるつもりであったらしい。

勝は江戸で西郷に対する以前から西郷隆盛とは知り合いであった。というのも薩摩と長州を結びつけた坂本竜馬は彼の愛弟子であり、土佐の人物ではあるが、勝の別動体とでも位置づけられる存在で有って実際にある時期には薩摩藩の庇護を受けていたからで有る。
isin1

この本には出ては来ないが、幕末の謎ともされる写真に勝が坂本、西郷や木戸(桂)と共に写っている不思議なフルベッキ写真というものが有るのだが、それは明治2年ともそれ以前に佐賀で撮られたとも言われている。その実際はおそらく後者であり、この本を読んでさらにこの写真の存在意義も理解できる気がした。

 勝が艶福家であって、その妻は勝とともには自分を埋めてくれるなと言い残したというのもこの時代をこぎ渡った勝海舟ならではの逸話であろう。

明治維新後も西郷と勝の親交は続き、明治政府でも勝は枢要な地位を示すが、西南の役で西郷が失脚した後は歴史の表舞台から姿を消す。
ーーーーーーーーー
資料::
内容(「BOOK」データベースより)
幕臣でありながら西郷隆盛との江戸無血開城で幕府を崩壊させ、薩長政権誕生のキーマンとなった勝海舟。幕府と薩長の両方を渡り歩き、戊辰戦争に敗れた旧幕臣や会津藩の人々からは裏切り者と呼ばれた。常に時代を先読みしつつ、己の思うがままに行動し、動乱の時代を巧妙に生き延びた稀有な人物だったが、その裏では様々な画策があった。明治維新の裏舞台の主役・勝海舟の真実。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
星 亮一
1935年、仙台市に生まれる。歴史作家。岩手県立一関第一高等学校、東北大学文学部国史学科卒業。福島民報記者、福島中央テレビ報道制作局長などを歴任。その後文筆業に転じ、日本大学大学院総合社会情報研究科修士課程修了。北東文芸協会、戊辰戦争研究会を主宰(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

Categorised in: 未分類