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2011年9月25日

2635 『ジャーナリズムの行方』に対する書評が出ています。

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眼のニュースですが、実は観察眼という単語が引っ掛かっただけです。しかし、これは深い意味のある記事と思いましたので引用してご紹介いたします

 先日のアメリカンドリーム交流会(その時の記事にリンク)では米国と日本をまたにかけて活躍する番組プロデューサー”山ちゃん”のお話を聞き、日本と米国のテレビ番組の作り方の違いが聞けたのですが、その中では韓流ドラマばかりの放映に反対するデモの話も質問に出ていました。単なる国粋主義的な動きとも見えますが、安く売り込まれてくる韓国製のドラマばかりが昼のテレビ民間放送の時間帯を占めるようになっているが日本の放送文化はそれで守れるのか?という考えも出来るという類のお話です。

さて、今日のニュースから「眼」を含む記事を検索していましたら下記の書評に行き着きました。この書評の要点は現在のジャーナリズムが直面する「行きすぎた利益優先の経営効率至上主義、過当競争による部数(シェア)至上主義、過剰投資による生産効率至上主義による「制度疲労」など、メディアが直面する痛恨の事実」という部分であろうかと思います。

ーーーー引用開始ーーーーーーー
『ジャーナリズムの行方』 伝統メディアの病と処方箋2011年9月25日

『ジャーナリズムの行方』山田健太著 三省堂・2310円

 残念ながらこの本は、メディアへの「黙示録」である。ついに「伝統メディア(新聞、雑誌、テレビ)」は、産業として縮小・淘汰(とうた)されかねない事態にまで追い込まれている。新聞紙面の向こう側で起きている深刻な「読者離れ」の現実を、これほど直視させられることはなかった。かつて「必需商品」だった新聞は、あってもなくてもよい「蓋然(がいぜん)商品」となり、相対的な地位を低下させていると著者はいう。

 「伝統メディア」の相対的な地位低下の原因は、インターネットを利用した多種多様な「ソーシャル・メディア」の隆盛にある。ツイッター、ミクシィ、フェイスブック、ユーチューブやニコニコ動画など双方向のコミュニケーションツールが急速に浸透・定着する中で、「メディア間で時間と情報摂取経費を取り合う事態」が生じ、その戦いの中で伝統メディアが敗北しつつある。

 その現実に筆者は強い危機感を抱く。なぜなら伝統メディアの崩壊が、公権力から独立して自由にモノが言え、私憤でなく公憤をよりどころに多様な意見や価値観、情報をフェアに取り扱い交換する場となる「言論公共空間」「民主主義の維持装置」の喪失につながりかねないと危惧するからである。

 行きすぎた利益優先の経営効率至上主義、過当競争による部数(シェア)至上主義、過剰投資による生産効率至上主義による「制度疲労」など、メディアが直面する痛恨の事実が冷徹な観察眼で整理され、問題の核心や堕落の原因が浮き彫りにされていく。

 救いは本書がメディアの重篤な病に対する処方箋も提示していることだ。デジタル時代に対応するマルチプラットホームの実現、日本型放送の自由と自律制度の構築、権力の監視機能の強化、経営と編集の分離、報道の自由と内部的自由の貫徹などが一例だ。
 新聞記者たちよ、まず新聞を読もう。テレビ関係者よ、「お気楽な娯楽番組」作りに明け暮れている現状を直視しよう。その職や使命を失いたくなければ、記者やジャーナリストたちは真っ先に読まねばならない必読書であろう。
 (前泊博盛・沖縄国際大学教授、前琉球新報論説委員長)
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清澤のコメント:さて皆さまはこの記事をどうお読みになりますでしょうか。現状を器用に分析して、その傾向を受け入れ、それに対応出来る対策だけを安易に考えるという発想ですと、どの業界においても同様に、現在のジャーナリズムが直面する「行きすぎた利益優先の経営効率至上主義、過当競争によるシェア至上主義、過剰投資による生産効率至上主義による「制度疲労」など、メディアが直面する痛恨の事実」という事象に突き当たってしまうのでしょう。

すぐアマゾンで購入するには多少高価ですが、その内容は、以て他山の石としたいものです。

追記:
デジタル大辞泉の解説.
他山(たざん)の石(いし)以(もっ)て玉(たま)を攻(おさ)むべし

《「詩経」小雅・鶴鳴から》よその山から出た質の悪い石でも、自分の玉を磨くのに役立てることができる。転じて、他人の誤った言行でも、自分の修養の助けとなるということ。 だそうです。

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